<vol.101> 唐辛子とワイン

“激辛料理”というものがある。唐辛子やスパイスなどの香辛料をたっぷり使った、激烈に辛い料理のことだ。近年は、唐辛子に花椒(ホアジャオ)を加えた“シビレ系”の汁なし担々麺や麻辣湯(マーラータン)なども人気らしい。ワインに唐辛子をそのまま合わせるということはまずないが、じつは両者は歴史的に浅からぬ関係にある。今回は、それについて述べてみたい。

 赤唐辛子の実

唐辛子はインドのカレーや中国の四川料理はじめ、タイや韓国などアジア各地のありとあらゆる辛口料理に使われている。“アジアの伝統料理=唐辛子料理”という印象すらあるが、使われ出したのは16世紀以降であり、それほど古くからのことではない。それ以前は、アジア原産である“胡椒”を用いて辛味を作り出していたのだ。

そもそも、唐辛子は中南米の原産である。英語では【hot pepper】(ホットペッパー)と呼ばれる。“pepper”は「胡椒」の意味だ。ただし、唐辛子はトマトや茄子と同じナス科の植物であり、コショウ科コショウ属の胡椒とは植物学的な分類がまったく異なるものだ。それなのになぜ、このような名称になっているのだろうか?

それは、コロンブスの誤認によるものと伝えられている。クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸を発見したのは、1492年のことだ。当時、ヨーロッパでは胡椒(ブラックペッパー)は金と同じ価値を持つものとされ、“黒い黄金”とまで言われていたのだ。胡椒は食肉の調理や保存に不可欠なものだがインド原産であり、その交易ルートがイスラムの商人に独占されていた。そのため、たいへん高価なものとなっていたことが理由だ。

 西インド諸島に到達したコロンブス

コロンブスの航海の目的とは、西回り航路でインドへ到達し、胡椒の新たな交易ルート開くことだった。彼はスペイン女王イザベラから多額の資金援助を受けており、それに見合った成果を挙げることが宿命づけられていた。そのため、現地から持ち帰った唐辛子を、多少の違和感を覚えつつも“胡椒の一種”として報告せざるを得なかったのだ。

ただし、この“辛すぎる胡椒”=ホットペッパーは、ヨーロッパではあまり普及しなかった。これまでの胡椒とあまりにも異なる激烈な辛さが、ワインを中心とした食文化に合わなかったからである。さらに決定的な理由は、唐辛子は植えればどこでも栽培が可能で、熱帯の一部地域でしか育たない胡椒のような希少価値を生まない。つまり、王室や商人が期待した“赤い黄金”には成り得なかったからなのである。

このため唐辛子は、スペインやポルトガルの交易船により、アジアやアフリカなど、当時ワインを飲まなかった地域へと運ばれた。その中で最も早く普及したのが、16世紀初頭のインドである。もともと多種多様なスパイスを使いこなす土壌があったこともあり、唐辛子は刺激の強い新種のスパイスとして好意的に受け入れられた。そして、瞬く間にインド料理にはなくてはならない最重要な調味料として定着したのである。

その後16世紀末には中国へも伝わるが、観賞用植物としての栽培がほとんどで、現在の四川省にあたる地域で料理に使われ出すのは17世紀に入ってからとなる。特筆すべきは、それよりも早く16世紀半ばには、戦国時代の日本にもたらされていたという事実だ。ポルトガル船による鉄砲伝来は1543年(天文12年)だが、このときに同時に運ばれたということらしい。九州で唐辛子を「南蛮胡椒」と呼ぶのは、“南蛮人”つまりポルトガル人やスペイン人によりもたらされたことに由来するものなのだ。

韓国といえば、キムチやコチュジャンなど、それこそ真っ赤な唐辛子をふんだんに使う国というイメージが強い。ただし、料理に本格的に使われ出すのは18世紀に入ってからのことだ。驚くべきことに、最初にもたらされた唐辛子は、なんと!日本から持ち込まれたものなのだという。16世紀末、1592年(文禄の役)と1597年(慶長の役)の二度に渡り行われた、豊臣秀吉による朝鮮出兵である。

 加藤清正・朝鮮での虎退治の図

南蛮人により日本へもたらされた唐辛子は、食用としてはほとんど普及しなかった。刺激的な辛み成分は、毒矢や毒煙の材料および薬用としてなど、もっぱら戦場での軍需物資として使われたのだ。それを、加藤清正の軍が朝鮮へ持ち込んだということだ。このため韓国では当初、中国ではなく日本から伝わったものとして、唐辛子ではなく「倭芥子(わがらし)」=「ウェギョジャ」という名で呼ばれていたのだという。

日本で唐辛子が料理に使われ出すのは、江戸時代に麺状の蕎麦である「蕎麦切り」が人気となったことが大きい。1625年(寛永2年)江戸の薬研堀で、生唐辛子や焼き唐辛子、山椒、陳皮、黒胡麻、麻の実、芥子の実など7種の漢方生薬をミックスした「七味唐辛子」が売り出される。七味の持つ豊かな風味が、味噌や醤油ベースのつゆに合うということで、蕎麦の人気が一躍高まる。それまでは、江戸も関西も麺といえばうどんが主流だったのだ。

 七味唐辛子と一味唐辛子

ちなみに、うどん文化圏である関西や九州では「一味唐辛子」を薬味に用いる。複数の香辛料が入った七味だと、出汁本来の香りや風味を邪魔してしまうということで、辛味だけの“一味”が好まれるのだ。全国的に見ると、うどん・蕎麦店で七味を用いているのが6~7割、一味は3~4割だという。北海道も一味が多いが、これは味噌ラーメンに使われ出したことが影響しているといわれている。

ところで、ヨーロッパには“貧者の胡椒”(poor man’s pepper)という言葉があるそうだ。じつは、これは唐辛子のことなのだ。先ほど、唐辛子はワインに合わず、ヨーロッパであまり普及しなかったと述べたが、例外的に受け入れられた地域もある。それは、当時のヨーロッパでもっとも貧しい地域とされていた、南イタリアのカラブリア州である。長靴型の国土のちょうど爪先にあたる一帯だ。

スペイン(ハプスブルク家)の支配下にあり、重税によって貧しい生活を強いられていたカラブリアの人々は、胡椒のような高級なスパイスなど買うことは出来ない。このため、植えれば簡単に育つ唐辛子を、肉の保存や味付けに多用するようになる。さらに、巻末にも挙げた地元の土着品種「ガリオッポ」種の赤ワインが、唐辛子の強い辛みとマッチすることが発見される。それにより、“唐辛子料理×地元ワイン”という独自の郷土食文化が発展することとなったのだ。

 スパゲティ・ペペロンチーノ

このようにして唐辛子の一大産地となったカラブリアは、現在も圧倒的なブランド力を持ち、“唐辛子の聖地”となっている。唐辛子を使ったパスタといえば、「スパゲティ・ペペロンチーノ」がその代表だ。この料理の発祥自体はナポリまたはローマとされているが、こだわりの強い料理人は、使用する唐辛子にはカラブリア産のもの(カラブレーゼ種)を必ず選ぶのだという。

以前<vol.25>でも書いたが、カレーとワインは相性がいい。唐辛子はさまざまなスパイスと合わせることで、辛味だけではなく、芳醇な香りと奥深い旨味やコク、複雑で濃厚な風味など極上の味わいを創り出す。もともとは、ワインに合わないことが理由でアジアやアフリカに送られた唐辛子だが、今日ではむしろワインを引き立てる重要な調味料として、さまざまな料理に使われているのだ。

唐辛子の辛味成分である「カプサイシン」は、胃や腸を適度に刺激し食欲増進や消化促進の効果があるのをはじめ、高い抗酸化作用も有する。さらに、血行を良くし体を内側から温める効果があり、また発汗作用により熱を逃がす働きもする。つまり、夏にも冬にも強い味方になるということだ。ワインを一年中美味しく味わうためにも、唐辛子とは上手につきあっていきたいものである。

リブランディ チロ・ロッソ・クラッシコ
(LIBRANDI CIRO ROSSO CLASSICO)
生産地:イタリア・カラブリア州
生産者:リブランディ
品 種:ガリオッポ
価格帯:2000円(税抜)~

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