先日、法事のため妻の実家のあるオホーツクの小清水町へ行ってきた。途中、北見で一泊したので<vol.74>でも紹介した地元で人気の焼肉店「四条ホルモン」へ行こうと思ったのだが、あいにく定休日ということだった。そのため、またしても北見出身のO高さんにお伺いすることにし、新たに紹介してもらったのが焼肉レストラン「PATIO(パティオ)」という店である。
北見の焼肉レストラン「PATIO」
じつはこの店、地元で創業100年を超える老舗精肉店の2階に入っており、そこの直営店なのだ。O高さんによると、ちょっと良い肉を食べたいとき、地元民は必ずこの精肉店で購入するのだという。そんな名店の肉を直営の焼肉店で味わえるというなら、この機会を逃す手はない。ということで、今回は“肉屋でワイン”を味わうことになったのである。
肉はとくに評判だという道産黒毛和牛のカルビと道産牛のサガリ、牛タン、ホルモンなどを注文した。ワインはハウスワインがあったので、赤をデキャンタでもらうことにした。前回の「四条ホルモン」のようなジンファンデルではなかったが、道東産最上級の焼肉に合わせて十分に美味しくいただくことが出来たのであった。
ところで、このように肉屋が肉料理店を兼業するという形態は、現在はあまり多くはない。むしろ、コロッケやカツ、唐揚げなどの揚げ物総菜の販売店を兼ねているケースのほうが一般的だ。しかし、日本の食肉文化普及の歴史において、肉屋が肉料理店を兼ねることはきわめて重要な役割を果たしてきたと言えるのだ。
日本初の牛肉屋「大井肉店」
1871年(明治4年)、日本初の牛肉屋兼牛鍋屋である「大井肉店」が神戸に創業する。当初は神戸に居留する外国人や外国商船向けに営業していたが、1872年(明治5年)の食肉解禁により、日本人向けにも販売を開始する。上記写真は愛知県の「博物館明治村」に移築・保存されている創業時の建物だ。同時期に誕生した多くの牛肉屋がこの店と同じように1階で牛肉を販売し、2階で牛鍋(すき焼)を食べさせるスタイルだったのだという。
このような兼業スタイルになったのは、そもそも当時の日本には「肉を食す」という文化がなかったからである。いくら食肉が解禁・推奨されたからといって、いったいどうやって料理していいのかわからない。料理法を教えてもらったところで、肉を薄く切る包丁も肉を煮る鍋も一般家庭にはなかったのだ。そのため肉屋では、肉を売るだけではなく“肉を食べる”という生活スタイルも含めて体験してもらう場を設ける必要があったのである。
函館市宝来町の「阿佐利本店」
1901年(明治34年)、開港地である函館にも肉屋兼すき焼店である「阿佐利(あさり)精肉店」が創業する。120年以上に渡り、上質な食肉販売とすき焼を提供し続けている老舗である。よく道外の人に、函館では阿佐利のすき焼が絶品だとおすすめすると、一瞬驚いた顔をされる。「北海道ではカレーにホッキ貝を入れると聞いていたが、すき焼にはアサリ貝を使うのか!?」と勘違いされるらしいが、そういうことではない。単に店名である。
阿佐利本店の2階座敷とすき焼料理
阿佐利本店も1階が精肉販売、2階がすき焼専門店となっている。最初に紹介した北見のPATIOも2階が焼肉レストランとなっていたが、どうやらこの1・2階の兼業スタイルは草分けの大井肉店以来の由緒ある伝統らしい。それはともかくとして、阿佐利本店ではワインメニューも充実している。ボルドーやブルゴーニュをはじめ、カリフォルニア・ナパヴァレーのワインなど、すき焼との相性を考え抜いた厳選揃いなのはさすがである。
じつはこの“肉屋でワイン”のスタイルは、ワインの本場・フランスにおいては、15世紀から日常的に行われてきているという。フランスには2つの形態の肉屋が存在する。牛、豚、羊、鶏などの生肉を扱う店を「ブシュリー」(boucherie)、ハムやソーセージ、パテ、テリーヌなどの加工肉を扱う店を「シャルキュトリ」(charcuterie)と呼ぶ。このシャルキュトリにおいて、常連客が職人と立ち話をしながら加工肉を一切れつまみ、ワインを軽くひっかけるというスタイルが古くから行われてきたのだそうだ。
現代の「シャルキュトリ」
当時はワインの量り売り店が“簡易酒場”としての役割を果たしていたそうだが、つまみらしいものはほとんどなかったという。これは、「ギルド」(guild)=職業組合の厳しい規制による。中世において、職種ごとに組織されたギルドは強力な権限を持つ存在であり、他の職業領域を侵すことは許されなかった。つまり、酒屋で食材を調理することは固く禁じられていたのである。
そこで、シャルキュトリでワインが飲めるなら、ワイン屋でもシャルキュトリから加工肉製品を仕入れ、つまみに出す手もあるだろうと考えたらしい。するとこれが評判を呼び、ワイン屋もシャルキュトリも、ともに繁盛するようになる。その後、フランス革命によりギルド制度が廃止されると、煮込み料理などもメニューに加えるようになり、今日の“ビストロ”へとつながる外食文化の原型がつくられていったということである。
以前<vol.20>において、江戸時代の日本では“蕎麦屋で一杯”飲ることが今日の居酒屋の原型をつくりあげたことについて述べた。同様に、フランスの場合は“肉屋でワイン”だったのである。ということで、最後に焼肉やすき焼に合うワインであるが、PATIOにあればなお良かったという意味で、カリフォルニアのジンファンデルを下記に挙げておいた。ボルドーにも匹敵する、牛肉料理のためにあるような濃厚な赤ワインである。

カーニヴォ ジンファンデル(CARNIVOR ZINFANDEL)
生産地:アメリカ・カリフォルニア州
生産者:ガロ
品 種:ジンファンデル
価格帯:1900円(税抜)~
