<vol.97> マッサンとワイン

NHK朝ドラ『マッサン』の再放送を毎回欠かさず観ている。“マッサン”とは、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝と妻のリタ(劇中ではエリー)をモデルとした連続ドラマだ。初回放送は2014~2015年だが、当時は仕事が忙しくほとんど観ることが出来なかった、現在はNHK ONEも活用して観ているのだが、あまりの面白さにすっかりはまってしまったのである。

 マッサンとエリー

ドラマの前半、ウイスキー製造以前の重要な商品として「太陽ワイン」というものが登場する。モデルとなっているのは、当時、寿屋(サントリーの前身)の人気商品であった「赤玉ポートワイン」だ。“ワイン”という名こそ付けられてはいるが、日本人の口に馴染みやすいように甘味料や生薬などを添加したもので、酒税法上の分類では「甘味ブドウ酒」(現表記は「甘味果実酒」)となる。

日本で初めての甘味ブドウ酒は、1881年(明治14年)現在の合同酒精の前身である神谷酒造が発売した「蜂印香竄葡萄酒」だ。赤玉はこれに追随するかたちで1907年(明治40年)に発売され、“甘さ”を強めた飲みやすさで猛烈な勢いでシェアを拡大。日本初のヌードポスターとして注目された巧みな広告宣伝の力もあり、瞬く間にトップブランドへと成長する。

「赤玉ポートワイン」のポスター

昭和の初期、甘味料が添加されたワインは“瓶詰ワイン爆発”の大事件を起こすことになる。ワインに含まれる残留酵母にとって、添加された糖分(甘味料)は格好のエサとなる。酵母が再醗酵を始めてしまい、大量の炭酸ガスが発生することとなり、これにより瓶内圧力が急速に高まった結果、瓶の大量爆発となったのだ。

ドラマでは瓶が爆発したのは他社ワインで、太陽ワインは安全と描かれているが、これは事実とは異なる。実際には、赤玉ポートワインをはじめ、神谷酒造のワインやその他のワインも含め、あらゆる甘味ワインで同様の事故は起きている。これを科学的な知識と技術で解決したのが、“本物のマッサン”つまり竹鶴政孝の功績なのだ。

この時点で竹鶴氏は、すでにスコットランド留学を終え帰国し、寿屋の社員になっている。彼が学んできたのは、ウイスキーの蒸留技術だけではなく、醸造全般に関わる微生物学や衛生管理学など、当時最先端の応用化学だ。その中の一つが以前に<vol.71>でも紹介した、フランスのパスツールにより確立された「低温殺菌法」なのだ。この技術を用いることで、糖分を抜くのではなく“甘いまま、爆発しない”という、安心なワインが実現したのだ。

 現在の「赤玉スイートワイン」

赤玉は現在も発売されているが、名称が「赤玉スイートワイン」に変更されている。これは、ポルトガル政府から日本政府あてに抗議を受けたからである。<vol.3>でも述べたが、「ポートワイン」(Port Wine)=「ポルト」とは、ポルトガルで作られている国際的なブランドワインである。これと混同されることのないようにとの要請があり、1973年(昭和48年)に改められたのだ。

一方の「蜂印香竄葡萄酒」も、「ハチブドー酒」の名称で現在も合同酒精から発売されている。こちらは、日本最古の甘味ブドウ酒である歴史性が評価され、茨城県にある同社の日本初となる本格的ワイン醸造所「牛久シャトー」とともに。2020年(令和2年)に日本遺産に認定されている。

ドラマの中でもっとも強く描かれているのは、マッサンの“本物のウイスキー”に対するこだわりである。ウイスキーの炭酸水割りを巡り、マッサンを演じる玉山鉄二とサントリー創業者・鳥井信治郎をモデルとした“鴨居の大将”こと鴨居欣次郎を演じる堤真一とが、激しく口論する場面があった。

 “鴨居の大将”とマッサン

鴨居の大将が売り出そうとするのは、「ウヰッキー」と名付けられたウイスキーの炭酸水割りである。マッサンはこれを、「炭酸水割りなど邪道だ!」と真っ向から否定する。そして、「ピート臭(泥炭臭)=“スモーキーフレーバー”のないものは、ウイスイキーではない!」と断言するのだ。

ただし、竹鶴氏が留学したスコットランドには、19世紀後半より「スコッチ&ソーダ」と呼ばれる飲み方がすでに定着していた。“本物のマッサン”である竹鶴氏も当然これを知っており、彼自身はあまり好まなかったらしいが、完全に否定はしていない。むしろ、日本にウイスキーを普及させるための重要な手段と認識していたといえる。ドラマでの邪道発言は、マッサンの職人気質を強調するための少々オーバーな演出と考えるべきであろう。

事実、2000年代後半からは空前の「角ハイボール」ブームが訪れる。このヒットに追随し、さまざまなウイスキーによるハイボールが登場するが、「ブラックニッカ・クリア」ブレンドもその一つだ。国産ウイスキー不動の一位は現在もサントリー「角」だが、この商品はそれに迫る勢いで売れ続けており、ニッカ史上最大のヒット商品となっている。

「ブラックニッカ・クリア」

じつは、この商品の特徴はピート臭をゼロにしたことなのだ。それにより、クセのない“クリア”な味わいを実現し、日本人の好みに合ったことが最大のヒット要因だ。マッサンがあれほどこだわったピート臭を消し、ハイボールにしたものが結果的に大ヒット商品となってしまったとは、運命のいたずらとしか言いようがない。しかし逆に考えれば、いかに鳥井信治郎が先見の明に富んでいたかということにもなろう。

それにしても驚かされるのは、鳥井信治郎をモデルとした鴨居の大将を演じた堤真一の熱演ぶりである。主役である玉山鉄二のマッサンを食ってしまうほどの、圧倒的な存在感とカリスマ性、発するオーラと熱量の大きさは、登場するだけで画面の空気感を一変させるほどの力を発揮している。

生前の本人を知る人からは、「まるで故人の魂が乗り移ったかのようだ」「本物よりも本物らしい」など、大絶賛の声が寄せられたほどだ。この好演がきっかけとなり、放送直後にはサントリーの「ウイスキーアンバサダー」に就任。山崎蒸留所や白洲蒸留所の魅力を伝える公式サイトや、ウイスキーをテーマにしたテレビのドキュメンタリー番組などで案内役を務めている。

さて、その後マッサンは1934年(昭和9年)サントリーを退社し、ウイスキー造りの理想の地を求め北海道の余市に移住。紆余曲折を経て、念願の蒸留所を建設するに至る。この先も波瀾万丈の物語が続くのだが、当ブログはワインブログであるので、ウイスキーの話はこれくらいにして、最後にもう少しワインの話もしておきたい。

北海道には現在80近いワイナリーがあるが、余市には20ほどのワイナリーが集まっている。マッサンが惚れ込んだ、スコットランドに似た冷涼で湿潤な気候というのは低地部の特性であり、丘陵部では豊富な日照量に恵まれ、水はけと風通しが良く、ブドウ栽培に適した気候となっている。

代表的なワイナリーは、<vol.11>でも紹介した2010年(平成22年)開設の「ドメーヌ・タカヒコ」だが、その次に誕生したのが「リタファーム&ワイナリー」だ。海外ワインの輸入業を営んでいた余市町出身の女性醸造家が2013年(平成25年)に開設したもので、野生酵母を用いて自然発酵させた高品質のナチュラルワインを造り続けている。

 余市の「リタファーム&ワイナリー」醸造所

このリタファームの“リタ”だが、これは本物のマッサンの妻である「竹鶴リタ」にちなんでいる。ドラマ『マッサン』の脚本づくりにも協力した竹鶴夫妻の孫にあたる方が、このワイナリーに隣接する畑の持ち主で、そのような縁から“リタファーム”と名付けられたということだ。

 “本物のマッサン”竹鶴政孝と妻のリタ

vol.95>では世界で最も権威のあるワイン審査会としてIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)について述べたが、2023年にはこのワイナリーの赤ピノ・ノワール2019が銀賞、白ソーヴィニヨン・ブラン2021が銅賞を受賞しているのだ。下記に挙げたのは、白のヴィンテージ違いの一本だ。マッサンが惚れ込んだ余市のテロワール(風土)はいま、ウイスキー造りだけではなく、ワイン造りにおいても、世界的な評価を高めつつあるのだ。

風のヴィンヤード2018(1824 Vignoble)
生産地:北海道余市町登地区
生産者:リタファーム&ワイナリー
品 種:ソーヴィニヨン・ブラン
価格帯:3800円(税抜)~

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