先日放送されたNHK大河ドラマ『べらぼう』の中で、生田斗真扮する一橋治済がワインを飲むシーンがあった。それを観た当ブログの読者の方から、飲んでいたのは赤ワインだったが、この時代に白ワインはあったのだろうか?という質問をいただいた。今回は、それについてお答えしようと思う。
長崎出島絵図
まず、基本的なことだが、江戸時代は“鎖国”と言われてはいるが、実際には複数の交易口が存在していた。オランダ・中国との交易口である長崎、朝鮮との交易口である対馬、琉球王国との交易口である薩摩、アイヌやロシアとの交易口である松前の4つである。このうち、ワインが入って来たのは主に「オランダ商館」が置かれた長崎の出島である。
オランダ商館とは、「オランダ東インド会社」の日本支店である。この会社は、世界初の株式会社として1602年に設立され、アフリカ喜望峰以東におけるアジア貿易と植民地経営を一手に担い、一大海上帝国を築いたことで知られる。ジャワ島やインドネシア各地、モルッカ諸島、台湾、インド、セイロン(現スリランカ)、南アフリカのケープタウンなどに支店を置き、長崎はその極東拠点という位置づけとなる。
江戸時代初期の日本は、世界最大の銀産地だった。オランダの狙いは、この銀を獲得することであり、彼らはジャカルタで中国産の生糸や織物などを仕入れて日本へ持ち込み、日本からは大量の銀を持ち帰っていたのだ。この状況に、やがて幕府は危機感を抱く。そして、1668年(寛文8年)には銀の輸出を禁止する。その後は、金や銅、漆器や陶磁器、工芸品など輸出品目を変えながら、1859年(安政6年)にオランダ商館が閉鎖されるまで、約200年間に渡り交易が続けられることになる。
「蘭館絵巻」より宴会の図
この間に出島に滞在したオランダ人は、延べ2000~3000人と推定されている。東インド会社は海外の支店においても、出来る限り“本国と同じ食生活”を維持することを目指したとされる。そのため、塩漬け肉や乾燥豆、パンやビール、菓子、アルコール類など、大量の食材を定期的に運び込んだのだ。その中には、上記「宴会の図」にも描かれているように、もちろんワインも含まれていたのである。
復元された「出島」の建物
筆者は2016年(平成28年)に一年間、以前勤めていた会社の転勤で福岡に住んだことがある。その間、長崎へも一度観光で訪れたことがあり、出島の跡地へ行ってみたのだ。出島はかつて、海に浮かぶ“扇形”の人工島であったが、明治期には周囲を完全に埋め立てられてしまい、現在はもとの扇形へと復元工事が進められている。筆者が訪れた当時は、全25棟のうち16棟の建物が復元公開されていた。2027年(令和9年)には周囲を囲む水路も完成し、江戸時代の扇形島に近い姿で公開されるという。
「カピタン部屋」に再現された食卓風景
ひときわ内装が豪華な、「カピタン部屋」という建物があった。これは、オランダ商館長の居住棟だ。その中に、食卓風景が再現された展示部屋があり、テーブルには赤ワインがグラスに注がれセットされていた。この当時は気にも留めなかったが、改めて写真を見直すと、これはどこの国のワインなのだろうか?と気になってしまう。じつは、オランダではほとんどワインは造られていないのだ。
“God created the world, but the Dutch created the Netherlands.”(神は世界を造ったが、オランダ国土はオランダ人が造った)という言葉がある。オランダは、国土の約25%が海面下にある低地であり、これらの土地は13世紀以来の大干拓事業により、オランダ人自らが造り出したものなのだ。そのような土地であるため、ブドウ栽培には適さず、ワインはもっぱら近隣のドイツやフランス、オーストリアなどからの輸入で長年に渡りまかなってきていたのだ。
余談だが、オランダでは結婚・非結婚を問わず、出産・育児に関する手厚い公的支援が受けられるため、ほとんど無償に近いかたちで子育てが出来るという。しかも、移民も含め合法的に居住している、すべての人が対象となる。人口減がもたらす国家の衰退を、このような制度で食い止めるとは、国土だけではなく“オランダ国民は、オランダ人が造る”という気概すら感じさせられてしまう。さらに、ユニセフの2025年「子ども幸福度ランキング」においても、第1位はオランダだ。ちなみに、日本は調査対象国36カ国中14位だそうだ。
話をワインに戻す。前文で「オランダでワインは造られていない」と書いたが、それはあくまでも“本国”での場合だ。<vol.61>でもふれたが、南アフリカは現在世界第9位のワイン生産国だが、この地にワイン造りの基礎を築いたのが、東インド会社時代のオランダなのだ。『べらぼう』で描かれている時代は18世紀後半であり、この頃には赤は「カベルネ・ソーヴィニヨン」と「シラー」、白は「シュナン・ブラン」の生産が軌道に乗り、大量に船積みされてアジアの各支店へと運ばれていたのだ。
長崎に荷揚げされたワインは、ほとんどが出島に駐在するオランダ人向けだったが、その一部は「出島乙名(でじまおとな)」と呼ばれる日本側商人の手で、主に国内の上層階級へと渡っていた。一橋治済が飲んでいたワインというのも、この南アフリカ産であると想像することが出来る。ドラマの中では赤だったが、当然“白”のシュナン・ブランも存在していたはずで、おすすめの一本を改めて下記に挙げておきたいと思う。
KWVクラシック・コレクション シュナン・ブラン
(KWV Classic Collection Chenin Blanc)
生産地:南アフリカ・西ケープ州
生産者:KWV(南アフリカ・ブドウ栽培協同組合)
品 種:シュナン・ブラン
価格帯:1200円(税抜)~