昨年末<vol.91>では、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の卵にまつわるエピソードについてふれた。卵はハーンの大好物であったが、じつはもうひとつの好物が“オクラ料理”だったそうだ。彼が日本へ来たのは1890年(明治23年)だが、オクラが日本へ伝わったのも明治の初め、ほぼ同時期のことなのだ。
スーパーに並ぶ沖縄産の「オクラ」
オクラはいま、九州や四国、沖縄など国内の温暖な地方でも多く栽培されており、スーパーでも普通に見かけることが出来る。日本に最初に輸入されたオクラはアメリカ南部産のものだったと伝えられているが、ハーンが日本へ来る前に勤務していたのもまた、アメリカ南部ニューオーリンズの新聞社だったのだ。
ニューオーリンズといえば、ジャズ発祥の街である。ハーンが滞在した当時は、ブルースやジャズなど初期の黒人音楽の原型が出来あがりつつある時期だった。彼は黒人労働者の船歌や労働歌に深く興味を持ち、その独特の音調や感情表現を分析し雑誌記事として発表している。
音楽だけではなく、ハーンはさまざまな文化が混ざり合った「クレオール文化」そのものに、強い関心を抱いた。当時のニューオーリンズには、フランス系・スペイン系の植民者やアフリカ系黒人、さらにアメリカ先住民らによる、多民族・多言語・多宗教が混然一体となった異文化混合の“雑種的風土”に満ちていたのだ。
クレオール料理書『La Cuisine Creole』
中でも、とくに興味を持ったのが“クレオール料理”と呼ばれる、現地の多種多様な食文化が混ざり合った料理だ。ハーンは新聞記者として街の食堂や家庭料理を数多く取材し、それらをまとめた世界初となるクレオール料理書『La Cuisine Creole』を1885年に出版している。
この本には400を超えるレシピが、ハーン自身の手によるイラストを添えながら紹介されている。その中で代表的なクレオール料理として取り上げられ、自らも好んで食べたとされるのが、オクラを使った魚介や肉のスープ「ガンボ」(gumbo)なのだ。レシピには、魚介または鶏肉・ハム・ベーコンにタマネギとトマトを加えて大鍋で煮込み、最後に刻んだオクラを入れてとろみと粘りを出すと記されている。
オクラを使った料理「ガンボ」
スープとしてそのまま味わうことも出来るが、炊いた米にかけて食べるスタイルが推奨されている。日常の夕食やパーティなどで大皿で提供し、家族が分かち合うことで素材を無駄なく使い切ることが出来るので、経済的で栄養豊富な料理であると高く評価しているのだ。
そのようにオクラ料理を好んでいたハーンではあるが、日本滞在中にオクラを食べたという記録は残っていない。というより、明治初期に横浜や神戸から輸入され始めたオクラだが、当初はあの独特の青臭さが敬遠され、地方へはほとんど出回っていなかったらしい。とても、松江まで届いていたとは考え難いのである。オクラが全国的に食べられるようになるのは、1970年代の緑黄色野菜ブームやサラダブームが到来して以降のことなのだ。
ところでハーンは日本へ渡る直前、西インド諸島のマルティニーク島に2年ほど滞在している。じつは、ここで後に『怪談』を執筆するきっかけとなるような体験をしているのだ。島での日々は『仏領西インドの2年間』という著書にまとめられており、現地の風俗・宗教・日常生活などが詳細に紹介されている。中でも、とくに興味を持ったのがブードゥー教における精霊信仰であり、彼は現地の乳母から口伝物語を熱心に聴き取り収集している。
その中で、恐怖や禁忌などを表す現象全般を「ゾンビ」(zombie)という概念で紹介している。“ゾンビ”というと、死体が蘇って動き回り人間を襲うホラー映画が目に浮かぶが、本来はそのような意味ではなく、現地の民間信仰における怪異現象全般を表すものだという。つまりそれは、日本の“怪談”に近いようなものだったのである。
ゾンビ映画が初めて公開されたのは1930年代のことだという。ヒット作となったのは、1978年に公開されたジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』だが、あくまでもホラー映画ファンの間でのことだ。ホラーの範疇を飛び越え、世界中に“ゾンビ”を印象付けたのは、何といっても1983年にリリースされたマイケル・ジャクソン「スリラー」のMV(ミュージックビデオ)の影響が大きいだろう。
マイケル・ジャクソン「スリラー」MVより
MVに登場した“踊るゾンビ”は、恐怖の対象ではなくポップなキャラクターへと変貌を遂げ、一気に世界中へ知れ渡る。2000年代には人気のピークを迎え、さまざまなゾンビ映画が欧米やアジア各国で作られているほどだ。ただし、そのルーツにあるのはハーンが紹介したマルティニーク島における体験であり、ブードゥー教に伝わる口伝物語の数々なのだ。
ということは、同様のケースとして日本の怪談から“踊る雪女”や“歌う耳なし芳一”が世界へ飛び出し、J-popカルチャーの人気キャラクターとして大ブレイクしていた可能性も無きにしもあらずということだ。そのように考えていくと、異文化発掘史におけるハーンの功績は非常に大きいものがあるといえるだろう。
話をオクラに戻す。サラダやお浸しなどオクラをシンプルに味わうなら、合わせるワインは下記に挙げた白のソーヴィニヨン・ブランがおすすめだ。このワイン特有の青草に似た香りがオクラの青臭さを引き立て、味わいがより深まる感じになる。ガンボの場合はトマト味が効いているので、赤のピノ・ノワールでもOKだ。日本でオクラ料理に出合えなかったハーンの分まで、じっくり味わいたいものである。

ボデガス・アルセーニョ ホフマン(Bodegas Alceno Hoffman)
生産地:スペイン・ムルシア州
生産者:ボデガス・アルセーニョ
品 種:ソーヴィニヨン・ブラン
価格帯:1700円(税抜)~
