「God made Cabernet Sauvignon, whereas the Devil made Pinot Noir.(神はカベルネ・ソーヴィニヨンをつくり、悪魔はピノ・ノワールをつくった)」。これは、ロシア出身の伝説的醸造家アンドレ・チェリチェフの言葉だ。チェリチェフはカリフォルニアワインの父と呼ばれるロバート・モンダヴィが師匠と仰ぐ、稀代の醸造家として知られる。
「カベルネ・ソーヴィニヨン」とは、フランスワインの最大産地ボルドーを代表する品種だ。芳醇で深いコクと香りを持ち、世界中のさまざまな地域で栽培されており、幅広い気候・土壌に適応し、高品質のワインとなる力を持つ。まさに“神に祝福されたブドウ”だと言える。とくにステーキなど牛肉との相性は抜群で、肉主体の料理ならどんなものにでも合わせることができる、西洋料理のためにあるような王道の赤ワインなのだ。
それに対し「ピノ・ノワール」は、もう一方のフランス銘醸地ブルゴーニュを代表する品種だ。繊細な味わいと香りを持つが、栽培の難しさで知られ、ヘタに手を出すと大失敗すると言われている、まさに“悪魔のブドウ”。それでも、その気まぐれさに魅了された醸造家は数知れない。ちなみに、超高級ワインの代名詞として知られるあの「ロマネ・コンティ」も、ピノ・ノワールから造られている。
筆者はかつて、赤ワインと言えばカベルネ・ソーヴィニヨンばかり飲んでいた。というより、それしか知らなかった。旨いワイン=濃いワイン=カベルネ・ソーヴィニヨンであり、それに比べて色がやや薄目のピノ・ノワールなど、どうせ味も薄いのだろうと勝手に思い込んでいた。それは、とんでもない間違だった。ワインエキスパートの資格試験の勉強をするにつれ、世界には多種多様なブドウ品種があり、一見色が薄目でも繊細で奥深い味わいのものがたくさんあることを知った。
濃厚な風味を持つカベルネ・ソーヴィニヨンは、世界中どこで造られたものでも共通の香りや渋みを持つ。それに対してピノ・ノワールは濃厚さが少ない分、共通の風味に加え、その土地ならではのテロワール(風土)をより反映した味わいとなる。ピノ・ノワールはかつて、ブルゴーニュでしか栽培できないと言われた時代が長く続いていたが、現在では世界中のさまざまな国や地域で造られている。もちろん、日本でも造られている。
筆者がいまはまっているのはブルゴーニュ以外のピノ・ノワールだ。そう言ってしまうと、まるで邪道のように思われるかもしれないが、南仏、東欧、イタリア、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、アメリカ、南米など、ブルゴーニュとはひと味違った素晴らしいワインが豊富にあるのだ。そして何と言っても安い!ブルゴーニュのようにブランドが確立された高級ワインと異なり、安旨ワインの宝庫なのだ。とくにチリなどは、2007年から関税が段階的に引き下げられ、現在は完全に撤廃。そのおかげでコスパ抜群の掘り出し物に巡り合うことが多い。
そんな中で、いま筆者が一番気に入っているピノ・ノワールが、フランスのオーベルニュで造られている「ヴァンサン・トリコ」というワインだ。最初、オーベルニュ(Auvergne)と聞いたとき、それにしても何でまた宿泊施設付レストランでワインを造っているのだろう?と、不思議に思ったものだ。よく調べてみたら、そっちはオーベルジュ(Auberge)であった。う~む、フランス語は難しい・・・・。
オーベルニュ地方はブルゴーニュのすぐ隣、南西側に位置する。ミネラルウォーターVolvicの産地としての方が有名だが、じつはワインの隠れた名産地でもある。あまり知られていないのは、ほとんどが地域内で消費されるためらしい。札幌のワインバーでたまたま飲んで驚いた。ブルゴーニュに負けないエレガントで果実味豊かな味わい!滅多に国内に入荷するものではないらしいが、見つけたら間髪入れずに購入することにしている。そんな筆者もまた、悪魔に魅了された一人なのかも知れない。
ヴァンサン・トリコ(Vincent Tricot)
生産地:フランス・オーヴェルニュ地方
生産者:ドメーヌ・ヴァンサン・トリコ 品 種:ピノ・ノワール 価格帯:4000円(税抜)~
※ラベルのイラストは悪魔ではなく妖精とのこと。