<vol.90> サラダとワイン

「サラダ」(salad)というものを日常的に食べるようになったのは、古代ギリシャ・ローマの時代かららしい。その語源は、ラテン語の【salata】=「塩をふったもの」に由来するという。しかも、当時からワインと一緒に合わせて食べていたというから驚きだ。

「アボカドとスプラウトのサラダ」

その時代のワインがどのようなものだったのかは定かではないが、現代においてサラダに合わせるなら、白の「ソーヴィニヨン・ブラン」がおすすめだ。この品種の特徴は“青草”のような爽やかな香りがすること。上と下の写真のようなスプラウトを散らしたサラダとも、たいへん良くマッチしていた。

「ポテトサラダにスプラウトとレタス添え」

ソーヴィニヨン・ブランはニュージーランド産が高評価だが、今回は巻末にも挙げたスペイン産のものが手に入ったので、これに合わせてみたのである。このワインは青草の香りにプラス“桃”のような果実味が感じられるので、もう少しクセのあるサラダにも合うような気がして、パクチーを使った香り強めのものにも合わせてみることにした。

「無限パクチー・サラダ」

パクチーをゴマ油、ナンプラー、レモンで和えたもので、やみつきになるほど無限に食べられるということで、“無限パクチー”と言うらしい。それにツナ缶とカボチャ、ヒヨコマメを加えたサラダである。結果は思った通り、いやそれ以上!ソーヴィニヨン・ブランの青草の香りとパクチーの強烈な香りがお互いを引き立て、さらに桃の果実味がアクセントになり素晴らしい味わいであった。

ところで、西洋では古代から親しまれてきたサラダではあるが、日本で食べられるようなったのは明治以降であり、一般家庭にまで普及するのは1970年代のことである。野菜自体を食べる習慣は古来よりあったものの、それらは煮る・蒸す・焼くなどの加熱調理か、漬物や和え物にするのがほとんどで、生で食べるということはあり得なかったのである。

その理由は、日本では伝統的に野菜の栽培に「下肥」を使っていたからである。栄養価の面では優れていたらしいが、寄生虫卵や病原菌が残ることが多く、生で食べると感染症の危険が高かったため避けられてきたのだ。この下肥の使用が禁止されるのは、第二次世界大戦後のGHQによる占領政策においてである。

GHQは、深刻な食糧難に陥っていた日本を自給可能な食糧生産国に変えるため、化学肥料と農薬の使用および機械化の推進を指示する。いわゆる“アメリカ型近代農業”の導入である。結果的に生産性のアップと衛生面での向上は図られるのだが、土壌の劣化や環境負荷の増大、農村社会の衰退など今日へと続く新たな農業問題をもたらすことにもなるのだ。

それはともかくとして、“生野菜は不衛生”というイメージは一応は払拭されることになる。ただし、そもそも野菜を生で食べる習慣がなかった日本において、そう簡単にサラダが普及したわけではない。洋食店で肉料理の付け合わせとして、皿の脇に飾りのように添えられていた程度であった。

1958年(昭和33年)、キューピーが日本初のドレッシングである「フレンチドレッシング(赤)」を発売する。これは植物油と酢、香辛料を混ぜ、トマトやパプリカの色素を加えたもので、欧米のサラダに用いられる本格志向のものだった。しかし、当時の日本人にとっては酸味が強過ぎ、一般家庭向けにはほとんど売れず、レストランやホテルなどに限られた用途にしかならなかった。

翌1959年(昭和34年)、キューピーは酸味を抑えまろやかにするため、マヨネーズの成分を加えてクリーミーに改良した「フレンチドレッシング(白)」を発売する。今日、“フレンチドレッシング”というと、この白いタイプを連想しがちだが、欧米には存在しない日本独自に開発されたものなのである。

その後、1970年代の健康志向や緑黄色野菜ブームにより、日常的にサラダを食べる習慣が本格的に普及する。ファミレスに“サラダバー”が登場するのも、この時代だ。2000年代に入ると、「最初に野菜(サラダ)から食べる」ことが、血糖値の急上昇を抑え食後高血糖対策になるということが、医療・栄養分野の専門家から提唱される。

そのような経緯で、最初にサラダから食べる“サラダファースト”の習慣が日本でも定着したわけなのだが、古代ローマ人は数千年前からこれを実践していたのだという。しかも、ワインと合わせて!である。白ワインに含まれるカリウムは血圧降下作用をもたらし、有機酸には消化を促進する効果がある。

さらに、白・赤ともに含まれるタンニンには消化促進・腸内環境改善作用があり、サラダの食物繊維と相乗的効果をもたらす。サラダとワインの組み合わせは、実に理にかなったペアリングなのだ。というわけで、サラダによく合うワインとして、ソーヴィニヨン・ブランをぜひおすすめしたいのである。

ボデガス・アルセーニョ ホフマン(Bodegas Alceno Hoffman)
生産地:スペイン・ムルシア州
生産者:ボデガス・アルセーニョ
品 種:ソーヴィニヨン・ブラン
価格帯:1700円(税抜)~

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