「薩摩じゃ、鶏は野菜ごわす」。これは司馬遼太郎『翔ぶが如く』第1巻の中で、西郷隆盛が木戸孝允(桂小五郎)と薩摩汁を囲みながら交わす会話の一節だ。薩摩汁とは、薩摩地鶏を大根、サツマイモ、ゴボウ、ニンジン、コンニャク、ネギなどと一緒に味噌で煮込んだ、鹿児島の郷土料理である。
鹿児島の郷土料理「薩摩汁」
もちろん、鶏は肉であり野菜ではない。では、なぜ“鶏は野菜ごわす”なのか?以前に<vol.19>でも述べたが、鶏肉は1960年代に米国からブロイラー(食肉用若鶏)が導入されるまで、高級食材であった。ところが、江戸時代の薩摩藩においては野菜のような日常食として、ごく普通に食べられてきていたのだ。
これは、薩摩で古くから闘鶏が盛んだったことに由来する。闘鶏とは、鶏の蹴爪に鋭利な刃物を付けて闘わせる競技だ。「薩摩鶏」は日本の固有種であり、主に闘鶏用として約800年前から飼育されてきたという。負けた鶏はその場でしめてブツ切りにするのが慣例となっており、これを煮込んだのが薩摩汁の始まりとされる。
薩摩鶏による闘鶏は、薩摩の武士道とも密接なつながりを持つ。薩摩の武士とは“薩摩隼人”と呼ばれ、勇猛果敢な気風で戦国最強とその名を轟かせた強兵集団である。彼らの武力を尊ぶ精神を養い、一層の士風高揚をもたらすものとして、闘鶏を行うことが奨励されてきたのだ。
鹿児島市内にある「示現流兵法所」
薩摩の武士道とは、「示現流(じげんりゅう)」と呼ばれる。“薩摩の剣に二の太刀なし”と言われるが、“一の太刀”つまり最初の一撃で確実に相手を倒す。そのために厳しい修練を重ねた、一撃必殺の剣なのである。じつは筆者は以前、示現流の総本山「示現流兵法所」へ見学に行ったことがあるのだ。2007年(平成19年)の秋、福岡出張の際にせっかくなので鹿児島まで足を延ばしてみたのだ。
併設された「示現流史料館」
示現流宗家の兵法所には史料館が併設されており、実際に戦闘で使われた刀をはじめ、400年前の古文書など、貴重な史料が数多く展示されていた。館内を案内してくれたのは、第十二代宗家その人である。そこで筆者は、かねてより疑問に思っていたことを思い切って聞いてみることにした。“示現流に二の太刀なし”とは言うものの、仮に一の太刀が外れた場合どうするのですか?と。
示現流(自顕とも書く)「蜻蛉の構え」
宗家が言うには、示現流では二の太刀という発想自体を持たないということだった。つまり、実際の合戦の場では時代劇ドラマのように二度三度と討ち合うことはなく、甲冑の隙間を狙い渾身の気合いを込めて、相手の防御ごと一刀両断にするのだそうだ。それでも万が一仕損じた場合は、もう一度“新たな一の太刀”として、つねに初撃の覚悟で全精神をかけて討ち込むのだという。なるほど!実戦に裏付けられた極意とはそういうものかと、至極納得したのだった。
話を薩摩鶏に戻す。薩摩鶏は現在、国の天然記念物に指定されており、闘鶏や観賞用に飼育されているのみで、食べることは出来ない。ただし、薩摩鶏の雄の血統を交配させた「薩摩地鶏」「さつま若しゃも」「黒さつま鶏」の3種類が、「かごしま地鶏」のブランド名で食用に流通している。
以前<vol.83>において、日本3大地鶏を取り上げた際、薩摩地鶏だけがワインとのペアリングを紹介することが出来ず、心残りに思っていた。ところが、である。つい先日、UHBテレビ『発見!タカトシランド』を観ていたら、札幌にも薩摩地鶏を取り扱うテイクアウト専門店があることが判明したのだ。
それは、市内に3店舗を構える「まるまん」という店である。早速、本店を訪ねてみて「地鶏のタタキ」と「地鶏の炭火焼き」を購入した。店主の話では、基本的には鹿児島直送の薩摩地鶏を使用しているが、仕入状況により入荷出来ない場合は、他のかごしま地鶏を使うこともあるとのことだった。
「地鶏のタタキ」(手前)と「地鶏の炭火焼き」(奥)
まず、タタキであるが、赤のピノ・ノワールで合わせてみることにした。ミョウガ、大葉、タマネギなどを細かく切り、生姜も摺り下ろし、薬味を揃えた。さらに決め手として、浦臼町出身の友人・Y田さん手作りの柚子胡椒を加え、軽くポン酢を漬けて食べてみたところ、とくに胸肉タタキの味わいが絶品であり、ピノとの相性も抜群であった。
次に炭火焼きであるが、炭火による燻製のような独特の香りが強烈であり、ピノでは少々弱い気がして、巻末に挙げたスペインの「ガルナッチャ」で合わせてみることにした。この品種はフランスでは「グルナッシュ」と呼ばれ、果実味がしっかりとしており、クセの強い炭火焼きとも良い相性だった。
ただし、噂には聞いていたが、炭火焼きは冷えるとかなり身が硬くなり、どうにも噛み切れないので苦労した。テイクアウトの場合、電子レンジなどで温め直して何とか頑張って噛める程度に柔らかくなる。やはり炭火焼きは料理店で目の前で調理してもらい、焼き立て熱々を食べるのが一番だろうという感想だ。
いずれにせよ、本場・薩摩の味を北海道で味わえることはありがたい限りだ。しかも、パック入り(大)が1100円~1200円と、きわめてお手頃価格だ。日本三大地鶏の「名古屋コーチン」「比内地鶏」と比べても、この安さは秀逸だ。まさに西郷どんの“鶏は野菜ごわす”の言葉通りと言える。このような美味を、庶民の日常食として後世に残してくれた薩摩武士道に、深く感謝したいものである。
ヴィーニャ・ソルサル ガルナッチャ(Vina Zorsal Garnacha)
生産地:スペイン・ナバーラ地区
生産者:ヴィーニャ・ソルサル
品 種:ガルナッチャ
価格帯:1800円(税抜)~