“豆料理”というものがある。日本の代表的なものは「煮豆」だ。筆者は長年、この煮豆が苦手であった。なぜなら、甘いからである。ご飯のおかずにはいまいちだし、もちろん酒のツマミになどなるわけがない。ところが、である。甘い豆料理を食べているのは日本くらいのもので、世界には甘くない豆料理が豊富にあることをその後に知った。そのひとつが、日本でもお馴染みの「チリコンカン」である。
金時豆による「チリコンカン」
チリコンカンは、インゲン豆とトマトにチリパウダーを加え、炒めた挽肉やタマネギと一緒に煮込んだもので、代表的なメキシコ料理である。地方によっては、通常の白インゲン豆の代わりに金時豆(赤インゲン豆)などを使うこともある。ほど良い辛さがあり、トルティーヤを添えて食べれば最高に旨い。こういう豆料理なら、大歓迎である。ワインは、赤のマルベックと相性が良いので、巻末におすすめを一本挙げておいた。
世界には、さまざまな豆料理がある。スペインやギリシャでは、ヒヨコ豆や白インゲン豆を煮込み料理に使い、塩や香辛料、トマトの酸味、タマネギの甘味で味付けする料理が多い。豆は煮るだけでなく、ペースト状のディップにしたり、団子状に丸めて揚げることもあるという。フランスではレンズ豆を使った煮込み料理があり、主に塩やハーブで味付けして食べられるそうだ。
インドでは豆のカレーやダール(豆のスープ)が毎日のように食べられ、スパイスを豊富に使って辛味や旨味を付けている。中東ではヒヨコ豆をすり潰して揚げたものや、ペーストにした豆料理がある。このように、世界の豆料理は基本的に塩味やスパイスで味付けされることが多く、煮込み、揚げ物、ペースト状にするなど、調理法も多様なのだ。
中国明代の禅僧・隠元隆起
ところで、インゲン豆の“インゲン”とは、江戸時代初期に日本にこれを伝えた中国の禅僧・隠元隆琦(いんげんりゅうき)を指す。隠元が来日した1654年(承応3年)当時、日本の禅宗は形骸化や戒律の乱れなどから停滞傾向にあった。隠元の功績とは、中国明代の新しい禅風や厳格な寺院戒律をもたらし、日本の禅に大きな刺激と改革を与えて再興させたことである。
隠元はまた、食文化にも影響を与えた。禅宗にはもともと、「宗教活動と生活文化は不可分」という考え方がある。開祖である達磨(ダルマ)が実践したのは、“座禅”による瞑想により解脱を目指すことであり、教義よりむしろ具体的な“修行手段”を重視する傾向にある。それは、修行と日常との一体化を心がけることでもあり、食事を含む生活様式そのものが宗教的実践の一環とみなされているのだ。
具体的には、「精進料理」がそれにあたる。殺生が禁じられている動物性の食材を使わず、いかに美味しく調理するかにおいて、インゲン豆は貴重な栄養源だったのだ。隠元が伝えた「普茶料理」は、一つの食卓にのった大皿料理を大勢が囲み、老若男女の隔てなく取り分けて茶とともに味わうという、当時としては画期的なものだった。精進料理の中でも、薬膳に通じる医食同源を重視し、多くの人に喜ばれた料理だったと伝えられている。
禅宗はまた、他の仏教宗派のように、時の権力者から弾圧された歴史がほとんどない。法然の土佐流罪や日蓮の佐渡流罪、織田信長による比叡山延暦寺焼き討ちや一向一揆の弾圧は、歴史ドラマにもよく登場する。禅宗は早い段階で鎌倉幕府からの庇護を受けたため、むしろ武士の精神性に訴える実践的教義として、強い支持を獲得したのである。後に、剣豪の宮本武蔵や柳生宗矩が「剣禅一如」を座右の銘としたのは、よく知られた話である。
日本における禅宗は「曹洞宗」と「臨済宗」の2宗派がある。中でも曹洞宗は「生活即ち修行なり」を掲げており、日常生活のすべてを禅の修行とみなす。宗祖である道元は、生活衛生面にも気を配り、“歯磨き”の習慣を奨励したことでも知られる。この精神は、曹洞宗系の大学である「鶴見大学」に受け継がれ、同大では「歯学部」を有している。この大学が位置するのは、曹洞宗の大本山でもある横浜市鶴見区の「総持寺」の一角だ。
両国国技館での「アントニオ猪木お別れの会」
じつは筆者は、この総持寺に行ったことがあるのだ。2023年(令和5年)3月7日に両国国技館で行われた、「アントニオ猪木お別れの会」に参列した帰りである。一緒に行ったプロレス観戦仲間のT澤さんと、せっかくの機会なので、鶴見の総持寺にある猪木の墓に墓参りに行こう、ということになったのだ。
猪木はかつて、ブラジル移民時代を回想するインタビューの中で、コーヒー農園の辛い肉体労働の後、「フェイジョアーダ」【feijoada】という、黒インゲン豆と肉を煮込んだ料理を腹一杯食べ、重労働に負けない強い体力づくりに励んだ、とよく語っていた。フェイジョアーダは、あえて例えればブラジル版のチリコンカンみたいな料理である。
鶴見の「総持寺」にある猪木家の墓
黒インゲン豆の料理を食べ“不屈の闘魂”を培った猪木が、インゲン豆を日本に伝えた隠元禅師ゆかりの禅宗寺院の墓地に眠る。筆者が訪れた時点では、先祖代々の古いままの墓だったが、一周忌を機に新しく建て直され、ブロンズ像も新設されたそうだ。次に東京へ行った際には、また寄ってみたいと考えている。(合掌)
マルベック ラ・ヴィーニュ ア レオンス(Malbec La Vigne à Leonce)
生産地:フランス・南西地方ベルジュラック
生産者:シャトー・デ・ゼサール
品 種:マルベック
価格帯:1700円(税抜)~