2019年(令和元年)7月、函館市桔梗町に広がる丘陵地帯にフランス・ブルゴーニュの名門「ドメーヌ・ド・モンティーユ」が開設したブドウ園で植樹式が行なわれた。モンティーユはブルゴーニュで300年の歴史を持ち、フランス屈指の醸造家として知られる。近年の温暖化への危機感から、新たなブドウ栽培地を世界中から探していたが、気候や土壌、地形などが適している函館への進出を決めたという。
函館山と函館湾を望むドメーヌ・ド・モンティーユのブドウ園
近年、余市町のドメーヌ・タカヒコや三笠市の山崎ワイナリーなど、北海道のワイナリーで、とくにピノ・ノワールの品質の高さに注目が集まっているが、ついに本場ブルゴーニュの名門が目を付けたのである。この事実は、ワイン産地としての北海道が持つ可能性の大きさを如実に物語っている。あれから4年。ことし2023年(令和5年)秋の収穫分から、いよいよ本格的なワイン造りが始まる。出荷は2年後の2025年(令和7年)からだという。
ブルゴーニュで今日へと続く高品質ワイン造りの基礎を築いたのは、11世紀のカトリック教会シトー派修道会である。修道士たちは、石ころだらけの未開拓の荒れ地を次々とブドウ畑へと変えていく。また同時に、彼らは同じ品種でも土地によってワインが異なる味わいになることに気づく。ほんの数十メートルしか離れていなくても、その土地の土壌、傾斜、日照時間、水はけ、風向きなど、さまざまな要素によって味わいが変わってくる。いわゆる“テロワール”(風土)の発見である。
テロワールを最大限に生かすことは、今日のワイン造りでもっとも重視される。それだけに、ブドウ栽培地の選定には細心の注意が必要となる。今回、筆者がもうひとつ着目したのは“桔梗(キキョウ)”という地名だ。桔梗町は1973年(昭和48年)に函館市に編入されたが、開拓期には桔梗の花が一面に咲く原野だったことから、その名が付けられたという。現在はニンジン、長ネギ、ビート、ジャガイモ、果樹などを中心とした畑作地帯となっている。
桔梗は日本全国に分布する多年生植物だ。山野の日当たりの良い場所を好み、耐寒性、耐暑性に優れ、さらに乾燥にも強いという特性を持つ。上の写真は、筆者がかつて東京都北区赤羽に住んでいた2012年(平成24年)頃、通勤途中の地下鉄駅近辺で撮ったものだ。アスファルトの隙間に溜まったわずかな土に根を張り、真夏の暑い盛りに見事に咲いていた。それにしても、こんな大都会の真ん中でよく育つものだと、その生命力の強さに感心したものである。
この桔梗の名を冠するワインがある。「シャトー・メルシャン桔梗ヶ原メルロー」である。現代日本ワインの父と称された故・麻井宇介が手がけた、日本ワイン史上最高傑作と言われる逸品だ。このワインのクオリティの高さに衝撃を受け、本格的な日本ワイン造りに挑んだ3人の青年たちの物語は、河合香織のノンフィクション『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』に描かれており、柿崎ゆうじ監督により同タイトルで映画化もされている。
桔梗ヶ原は、長野県塩尻市に位置する。約130年前からブドウ栽培・ワイン醸造が始まり、大小16のワイナリーが集まって「桔梗ヶ原ワインバレー」を構成する。この一帯は火山灰が堆積した台地で水が乏しく、古くから農耕に適さない土地として原野のまま放置されていた。天文年間(1532~55年)には武田信玄と小笠原長時との合戦の舞台にもなっている。江戸時代の浮世絵師、二代目歌川広重の「諸国名所百景」にある「信州桔梗乃原」の中にも一面に咲く桔梗が描かれており、現在この花は塩尻市の市花にもなっている。
信州と函館、桔梗の名を持つ2つの土地。農耕に適さない原野(少なくとも米作りには)という共通点を持ちながら、ワイン造りで脚光を浴びる。なにやら“桔梗の花咲くところ、名ワインあり”という、ひとつの指標が見えてきそうな予感がするではないか!ところで、筆者が東京を離れてまもなく10年になるが、その後、赤羽でワイン造りが始まったという話は、いまのところまだ聞いていない。
ヴォルネイ1級クリュ・アン・シャンパン2014(Volnay 1er-Cru En Champans)
生産地:フランス・ブルゴーニュ地方
生産者:ドメーヌ・ド・モンティーユ
品 種:ピノ・ノワール
価格帯:11000円(税抜)~