<vol.69> 佃煮とワイン

先日、東京へ行った際には上野のビジネスホテルに泊まった。上野といっても住所的には「東上野」になる。いまこのエリアには、韓国食材の店やインド・ネパール料理店、中国人経営の料理店などが密集し、混沌とした雰囲気に満ちている。そんな中、ホテルの真向かいにあったのは、「鮒藤」という名のいかにも下町風で江戸情緒を感じさせる佃煮屋さんだった。

東京・東上野の佃煮屋「鮒藤」

じつは筆者は、佃煮が大好きなのである。ご飯のお供にはもちろん、ワインにも合うのだ。というのも、佃煮は小魚や貝類、昆布などを醤油や砂糖、みりんなどで煮詰めたものだ。醤油味の和食は赤のピノ・ノワールと相性抜群であることは何度も書いてきたが、魚介が素材なだけに、他にもサンジョヴェーゼやテンプラニーリョなどでもかなりイケるのだ。というわけで、詰め合わせを一箱、お土産に買ってきたのだった。

鮒藤では、佃煮の中でも生姜味を利かせた「時雨(しぐれ)煮」のスタイルだ。90歳くらい?と思われるお婆さんが、昔ながらの製法を守りながら作っているという。東京では、店ごとに独自のこだわりがあるのが面白い。北海道でもワカサギや昆布、シラスの佃煮などは作られてはいるが、東京・江戸前の伝統的なものに比べると、味の深みやコクがどうしても足りない気がしている。

鮒藤の「時雨煮」

そのことをはっきりと印象付けられたのは、5年ほど前、東京・浅草橋のホテルに泊まった際、たまたま近くにあった佃煮店でお土産に買った佃煮を食べたときだ。おそらく山椒が利いているのだと思うが、これまで食べたことがない深い味わいに衝撃が走った。アサリや昆布、小ハゼ、エビ、アミ、ゴボウなどを秘伝のタレで煮詰めた味は、甘塩っぱさに独特のスパイシーさが加わり、他のどんな佃煮と比べても格段の差があった。佃煮がワインと合うと確信したのも、まさにこのときだった。

佃煮は、東京の佃島(現在の中央区佃)が発祥である。佃島は、徳川家康が江戸開府の際、大坂の陣で功績のあった摂津国佃村の漁師を呼び寄せ、隅田川河口を干拓させて出来た島だ。この佃島の漁民たちが、大量に獲れた江戸前の小魚や貝類を塩辛く煮込んで作ったのが始まりとされる。その後、保存性の高さと価格の安さから江戸庶民の常備食として定着し、参勤交代の武士達が江戸土産として各地へ持ち帰ったことで全国に知られるようになったという。

 浅草橋「鮒佐」の佃煮

ただし、初期の頃の佃煮は醤油が高価だったため、塩煮がほとんどだったという。幕末の1862年(文久2年)、下総国葛飾郡九日市村(現在の千葉県船橋市)出身の鮒屋佐吉が、下総名産の醤油を使った佃煮を考案する。下総、つまり“千葉”の野田市はキッコーマンの、同じく銚子市はヤマサ醤油の発祥地でもある。佐吉は、この醤油味の新しい佃煮を江戸に広めるため、浅草瓦町に佃煮専門店「鮒佐」を創業。これが今日に続く、濃厚で甘塩っぱい佃煮の原型になったということだ。

今回いろいろ調べて初めて知ったのだが、この浅草瓦町というのは、現在の浅草橋の辺り。そう、5年前に佃煮を買った店こそ「鮒佐」だったのだ。どうりで旨かったはず!どうりで衝撃的だったはずである。何たる偶然!まさか、知らぬ間に元祖の味に出合っていたとは、思いもよらなかった。さらに、つい先日、東京の銀座・新橋方面へ行った際、店の前を気づかず通り過ぎていたらしいのだが、新橋にも由緒ある佃煮店があったのだ。

新橋玉木屋

それは、「新橋玉木屋」という店である。創業は1782年(天明2年)。当初は黒豆の煮豆を手がけていたが、やはり幕末の時期に佃煮を売るようになったという。この店では現在、“ワインに合う佃煮”を旗印に、佃煮の新たな魅力づくりに取り組んでいる。店内のカウンター席では、さまざまな佃煮とワインとのマリアージュを楽しめるという。もう少し早く知っていれば、<vol.67>での銀座ワイン巡りの際に寄ることが出来たのに、と悔やまれるのであった。

そしてさらに、偶然は重なるもので、仙台市在住の友人・S乃さんからも、近いうちに佃煮が送られてくるという知らせが届いた。千葉の木更津市のアサリの佃煮が旨かったので、こちらにも送ってくれるそうだ。木更津もまた、旧・下総の国であり、江戸前の魚介類の名産地だ。とくに、アサリは絶品と定評がある。ということで、下記のピノ・ノワールで一杯飲ろうと心待ちにしているところなのである。

ドン・ダヴィ ピノ・ノワール レゼルヴァ
(Don David Pinot Noir Reserve)
生産地:アルゼンチン・カファジャテ地方
生産者:ミッシェル・トリノ
品 種:ピノ・ノワール
価格帯:1300円(税抜)~

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