<vol.61> 喜望峰のワイン

「喜望峰」とは、アフリカ大陸のほぼ最南端にある岬だ。1488年にポルトガルのバルトロメウ・ディアスが西洋人として初めて到達したが、あまりにも荒れる海域だったため、当初は「嵐の岬」と名付けられた。その10年後の1498年、同じくポルトガル人のヴァスコ・ダ・ガマがこの岬経由で最短のインド航路開拓に成功したため、【Cape of Good Hope】(喜ばしい希望に満ちた岬)=“喜望峰”と改められたのだ。

ヴァスコ・ダ・ガマとインド航路

喜望峰が位置するのは、現在の南アフリカ共和国の西ケープ州だ。南アフリカは世界第10位のワイン生産国であり、その代表的産地となるのが、この西ケープ州なのだ。南アフリカ産ワインは、新世界ワインの中でもとくに高い評価を得ており、SDGsへの先駆的な取り組みでも知られ、今後もさらなる発展が期待されることから、まさに“喜望”に満ちたワインと言っていいだろう。

南アフリカは、ブドウ栽培に理想的な気候風土を持つ。夏は温暖で乾燥、冬は冷涼で降雨があるという、イタリアなどと同じ“地中海性気候”の特徴をそのまま有している。アフリカ大陸というと暑いのではないかと思われがちだが、最南端の地だけに南極に近く、冷涼な海風が畑を最適な温度に保ってくれるのだ。さらに、土壌が5億年前にまで遡るという世界最古のものであり、砂岩、頁岩、花崗岩など、多様性に富んだ土質であることも独自のテロワール(風土)をもたらしていると言える。

この地で初めてワインが造られたのは、1659年のこと。オランダ東インド会社の司令官であり、初代総督となるヤン・ファン・リーベックが持ち込んだブドウ苗木を植樹したものからだ。その後、1685年にナントの勅令が廃止されたことにより、「ユグノー」と呼ばれるフランスのキリスト教プロテスタント(=カルヴァン派)の人々が宗教迫害から逃れるため続々と入植。高度なブドウ栽培とワイン醸造技術を持つ、このユグノーの人々の力により、ワイン造りが飛躍的に向上し定着していったのだ。

“ナントの勅令”について、少々補足したい。1598年にフランス国王アンリ4世が発布したもので、当時の新興宗派だった国内のプロテスタント(=ユグノー)に対し、カトリックと同じ権利を与えたものだ。近世のヨーロッパにおいて、初めて個人の信仰の自由を認めた画期的なものだったが、1685年に“太陽王”と呼ばれたルイ14世により廃止されてしまう。フランスは、再びカトリック中心の権威主義的国家へ逆戻りしてしまい、迫害を恐れたユグノーの人々がイングランド、ドイツ、オランダなどへ亡命することとなる。

以前に<vol.11>では、プロテスタントの人々の規律正しい生活態度に基づく禁欲的労働が、近代資本主義の根幹である勤勉の精神を生み出すことにつながったと述べた。じつは、その中心的役割を果たしたのが、フランスから各国へ亡命したユグノーの人々だったのだ。彼らは、農民や手工業者、商人、金融業者など新興の中産階級(ブルジョワジー)であり、自らの職業を“天職”(Beruf)とみなし「祈り、そして働く」ことで神への信仰の証とし、富の蓄積と合理的精神を育んでいくのだ。

“ブルジョワジー”と言うと、後にカール・マルクスが批判した労働者階級(プロレタリアート)から労働力を搾取する資本家階級を思い浮かべるかも知れないが、それは一部の富裕した上層階級に限定したことであり、200年も後の話だ。この時代におけるブルジョワジーとは、手に職を持った勤勉な労働者であり、イコール新興産業の担い手である市民階級を意味しているのだ。

現在の南アフリカを代表するワインとして、2つの品種が挙げられる。1つは<vol.57>でも紹介した赤の「ピノ・タージュ」であり、もう1つが今回紹介する「シュナン・ブラン」という白の品種である。シュナン・ブランはもともと、フランス・ロワール地方の代表品種だった。前述の初代総督リーベックが最初に植樹したのもシュナン・ブランだったと伝えられるが、本格的な栽培はロワールからオランダへ亡命し、その後南アフリカへ移住したユグノーの人々の手によるものであることは間違いない。

ロワールのシュナン・ブランは酸味が強く辛口で、主にスパークリングワイン用とされるのに対し、南アフリカ産は果実味豊かで爽やかな酸味がありミネラルも感じられる。これは、地中海性気候の特質と世界最古の土壌という、独自のテロワールがあってこそのもの。現地ではシュナン・ブランを“南アフリカの国宝”と呼んでいるそうだ。このブログでは、さまざまな国のさまざまな品種を紹介してきたが、“国宝”とまで形容されるものは初めてである。

南アフリカはまた、“虹の国”とも呼ばれている。人種的、民族的、文化的に多様性に富み、11の公用語が認められている。料理もまた、アジア、アフリカ、ヨーロッパなど、さまざまな食文化が融合した多様性にあふれている。そうなるとワインも、さまざまな料理に合わせやすいものが選ばれる。タンニンが控えめな赤のピノ・タージュが好まれるのも、その理由からだ。同様に、白のシュナン・ブランもしっかりとした果実味とミネラルを感じさせながらも、すっきりとキレが良い。ということは、和洋中が混在する日本の家庭料理にも最適ではないだろうか!ということで、このところ少々南アフリカ産にハマっているのである。

KWVクラシック・コレクション シュナン・ブラン
(KWV Classic Collection Chenin Blanc)
生産地:南アフリカ・西ケープ州
生産者:KWV(南アフリカ・ブドウ栽培協同組合)
品 種:シュナン・ブラン
価格帯:1200円(税抜)~

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