昭和の時代の話だが、食通で知られた作家の開高健が何かのエッセイの中で、帝国ホテルに宿泊する欧米のセレブの友人たちに、彼らが絶賛するシチューの店に連れて行かれたという話を書いていた。しかも、それは有楽町駅のガード下にあるという。欧米のセレブ絶賛の“シチュー”とは、なんと!「モツ煮込」のことだったのだ。
モツ料理の全国チェーン・四文屋の「モツ煮込」
有楽町駅に限らず、東京ではJR駅のガード下といえば、モツ焼きやモツ煮込の店が付きものである。モツと言えばホッピーが定番だが、欧米人の舌を唸らせたということは、当然ワインにも合うはずだ。しかし、残念ながら古くからの店でワインを置いているところは、まずない。ただ近年は、新しい店で置いてあるところも増え始めており、上記のモツ料理の全国チェーン店「四文屋」もそのひとつである。
四文屋のモツ煮込は、かなり忠実に東京のガード下の味を再現していると言える。メニューには赤ワインもあるので注文してみると、受け皿にこぼれるくらいコップに並々と注がれる“モッキリ”スタイルであった。これはこれで、風情があって悪くないのだが、肝心のワインが少々酸味が強すぎる。味噌仕立ての和風肉料理には、出来れば甘さと辛さが同居しているようなタイプを合わせたいものだ。ということで、以前に<vol.19>でも紹介したシチリアのシラーを巻末に挙げておいた次第である。
ところで、モツを使った料理は世界の各地にある。こういうものを好んで食べるのは、日本と韓国くらいのものだろうと思っていたのだが、そんなことは全然ないのだ。例えばスコットランドには「ハギス」という羊の胃を煮込んだ伝統料理があり、イングランドやアイルランドでは羊の胃と野菜をスープにしたものが好まれている。また、インドには山羊の内臓をスパイスで煮込んだ「チャクナ」というシチューがあり、アフリカやアジアでも内臓肉は広く食べられているそうだ。
イタリアの伝統料理「トリッパのトマト煮込」
フランスやイタリア、ドイツには、牛の胃をトマトで煮込んだ料理がある。とくに有名なのは、日本で“ハチノス”と呼ばれる牛の第2胃袋トリッパを煮込んだ料理だ。【trippa】とは牛の反芻胃袋の総称のことだが、日本では第2胃袋を指して“トリッパ”と呼んでいる。海外のモツ料理を日本で味わうのはなかなか難しいが、このトリッパなら、ほとんどのイタリア料理店のメニューにあり、すでに食べたことのある人も多いだろう。噛めば噛むほど旨味とコクがあふれ、シラー種の赤ワインとの相性もじつに良いのである。
さらにこだわりの強いイタリア料理店なら、牛の第4胃袋ギアラを野菜やハーブと煮込んだ「ランブレドット」を出すところもある。フィレンツェでは、これをパンに挟んだパニーノが屋台で売られており、気軽に食べられるストリートフードとして、広く親しまれているそうだ。
シラー種のワインと言えば、フランスのコート・デュ・ローヌが有名だが、辛さがやや強すぎる印象がある。その点、シチリアのシラー「アランチョ」は、果実味の持つ甘さとほど良いスパイシーな辛さを併せ持っており、良く煮込んだモツ料理とは絶妙に合う。和風の煮込でも、トマトやハーブの煮込でも、どちらでもイケるので、ぜひお試しいただきたいものである。
アランチョ シラー(Arancio Syrah)
生産地:イタリア・シチリア州
生産者:フェウド・アランチョ
品 種:シラー
価格帯:1150円(税抜)~