<vol.53> 豆腐とワイン

冷奴には、ワインが合う。別に湯豆腐でも、揚出し豆腐でも、麻婆豆腐でもいいのだが、とにかく豆腐とワインは良く合うのである。きわめてシンプルな素材であるだけに、赤が合うか白が合うかは味付け次第で決まる。塩だけで味わうなら白ワインだが、ネギと鰹節、生姜を乗せ、醤油を垂らした王道の冷奴なら、赤のピノ・ノワールが一推しである。

冷奴にネギと鰹節を乗せて

和食にピノ・ノワールが合うのは、<vol.12>でも詳しく述べた通りである。上記写真の冷奴は、鰹節と醤油というピノと相性抜群の調味料を効かせているだけに、合わないわけがないのである。豆腐はもともと、紀元前2世紀の中国・前漢の時代に生まれた。日本に伝わったのは、平安時代の遣唐使によるものとされており、以来、日本人の食卓に欠かせない食材として、さまざまな料理に用いられている。

この豆腐がいま、「Tofu」として世界的に注目を集めているのだ。とくにアメリカでは、ヴィーガンやベジタリアンなど動物性食品を摂らない食生活が、ひとつのライフスタイルとして定着しつつあり、低カロリーで高タンパク質の豆腐は高く評価されている。現地のスーパーでは専用のコーナーが設けられ、さまざまな“Tofu”が売られているのだ。

米国スーパーの“Tofu”コーナー

中でも、最大手のひとつがハウス食品の現地法人House Foods America Corp.だ。ハウスと言えば、日本ではカレーやシチューの会社としての印象が強い。かつて西城秀樹が「ヒデキ、感激!」を連発して一世を風靡した、カレーのCMでもおなじみだ。ところが、アメリカでは“ハウス=Tofu”の会社なのだ。1980年代からTofuを販売しており、1990年代からの健康食ブームの波に乗り、いまでは幅広い世代に受け入れられる食材に成長している。

と言っても、最初から順風満帆だったわけではない。そもそも、ハウスがアメリカ進出を考えたきっかけは、日本国内での行き詰まりからなのだ。同社では、早くから健康食としての豆腐の可能性に着目し、「家庭用手作り豆腐の素」など新商品の開発に力を入れていた。しかし、1977年(昭和52年)に制定された中小企業分野調整法がネックとなる。この法律は、零細企業の多い豆腐業界を守るために、大企業に強い規制を設けたものだ。このため、やむなく海外に活路を求めたのである。

当時のアメリカでは、“大豆=家畜のエサ”というイメージが浸透しており、大豆を原料とする豆腐は、アジア系移民や日本人駐在員以外には、ほとんど受け入れられなかった。アメリカ人が挙げる“嫌いな食べ物No.1”には、つねに豆腐が選ばれており、健康イメージに釣られて購入してはみたものの、結局は食べ切ることが出来ず、ペットのエサに回されるという悲惨な運命(ペットにとっては健康的)をたどっていたのだという。

流れが変わるのは、1993年。当時のクリントン大統領が、ヒラリー夫人の助言で“豆腐ダイエット”を始めたことが報道されてからだ。その後、マドンナやトム・クルーズをはじめ、多くのハリウッドスターからも愛好者が現われる。同時に、アメリカ人の口に合うさまざまな豆腐料理の開発も進められる。その後、日本食ブームや健康食ブームが巻き起こったことで、ようやく理想的な「植物由来食品」(plant-based food)として広く受け入れられるようになるのだ。

では、アメリカのTofuとはどのようなものなのか?それがどうも、普段われわれが食べている日本の豆腐とは、かなり別物らしいのである。一言で表わすならば、木綿豆腐をさらに硬くしたようなもので、“植物性プロテインの固形物”といった感じだ。水分を絞り、低温加熱殺菌することで賞味期限も65日間と長い。このため保存性にも優れ、工場出荷後、広大なアメリカの各地へ長距離輸するのにも向いているという。

アメリカでは日本の冷奴のように、そのまま生で食べるということはしない。小さく切って油で揚げたり、野菜と一緒に炒めたり、あるいはステーキにしたりとさまざまだが、加熱調理が基本となる。また近年、日本食レストランでの人気メニューとして、必ずと言っていいくらい出されているのが「Age-dashi」、つまり“揚出し豆腐”なのだという。

合わせるワインは、豆腐というより“料理法に合わせる”ということになる。塩でシンプルに味わう素材ではないので、赤でも白でもお好みで合わせれば大丈夫だ。柑橘系ドレッシングの豆腐サラダなら、ソーヴィニオン・ブランなどの白ワインを。醤油やニンニクを効かせた炒め物などには、ライトボディやミディアムボディの赤がいいだろう。筆者の好みで言えば、やはりピノ・ノワールだ。下記に挙げたのは、さまざまな豆腐料理に合うおすすめの一本である。

ヴァイン・イン・フレーム ピノ・ノワール(Vine in Flames Pinot Noir)
生産地:ルーマニア・ムンテニア地方
生産者:ヴィル・ブドゥレアスカ
品 種:ピノ・ノワール
価格帯:1400円(税抜)~
※ヴァイン・イン・フレームは、輸入元のモトックスが和食にもっとも合う赤ワインとして一推しに挙げている。

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