<vol.50> 禁酒法とワイン

かつてアメリカには、“禁酒法”というものがあった。この法律が施行されていた1920年~1933年までの13年間は禁酒法時代と呼ばれる。禁酒法というと、酒を飲んではいけない法律のように思われているが、そうではない。正確には、「酒類を飲用目的で製造、販売、運搬、輸出入を禁止する」という主旨のものだったのだ。

 酒類業者の倉庫を立入検査する捜査官

『華麗なるギャッツビー』という映画がある。F・フィッツジェラルド原作で何度か映画化がされており、毎回必ず登場するのが贅を尽くした“華麗なるパーティシーン”だ。中でもレオナルド・ディカプリオ主演の2013年作品は、飲めや歌えや踊れやの、これでもかと言わんばかりの狂乱のドンチャン騒ぎに目を奪われる。ただし、描かれているのは1920年代の禁酒法真っ只中の時代なのだ。

これはどういうことなのかというと、禁酒法が定めているのは、あくまでも“酒を売ってはいけない”という業者の取り締まりであり、“個人が飲むのは自由”ということなのだ。当時の富裕層と呼ばれる人たちは、この法律が施行される1920年1月16日直前まで酒類をあちこちから買い漁り、たっぷりと溜め込んでいたらしい。そして招待客を集めては、得意満面で振舞っていたのだという。

そして、全米各地には「スピークイージー」(speakeasy)と呼ばれる「もぐり酒場」が、数多く出現するようになる。【speakeasy】とは、直訳すれば「簡単に話す」「やさしく話す」という意味だが、「こっそり話す(=ひそひそ話をする)」というニュアンスもあり、そこから“もぐり酒場”を指す隠語として使われるようになったという。じつは筆者は以前、一度だけこのスピークイージーに行ったことがある。

何を時代錯誤なことを!と思われたかもしれないが、30数年前のニューヨークでのことである。筆者の古い友人の I上さんは、現在「通訳ガイド」の仕事をしており、英語と中国語が堪能な人物だ。20年以上に渡る海外勤務の経験を持ち、その当時はアメリカ東海岸のメリーランド州を拠点としていたのだ。彼を訪ねてアメリカへ行った際、ニューヨーク観光であちこちを廻った中で、面白い店に連れて行かれたのだ。

それは、一見すると普通のブティックであった。中へ入ると、洋服がズラリと並んでおり、やはり普通のブティックであった。正面には試着室の扉らしきものがいくつかあり、その中のひとつを彼は突然開けたのだ。なんと、そこには地下につながる階段があり、奥にはイタリアンレストランがあるではないか!ニューヨークやシカゴには、かつてスピークイージーだった場所が数多く残っており、隠れ家風のバーやレストランとして、現在も活用されているのだという。

このような禁酒法下のアメリカであるが、ワインはどうなっていたのだろうか?教会のミサで使うごく少量のワイン以外は、当然、製造も販売も禁止である。名だたるワイナリーは軒並み閉鎖に追い込まれ、相当数のブドウ畑が休耕地となった。ところが、である。そんな状況にも関わらず、ブドウ栽培量を増やしているところがいくつかあったのだ。

 濃縮固形ブドウ果汁「グレープ・ブリック」

それは、ワインではなく“ブドウジュース”を製造・販売し続けたワイナリーである。酒ではないので、当然、違法ではない。上の写真は、当時ベストセラーとなった「GRAPE BRIC」(グレープ・ブリック)と呼ばれる、濃縮型の固形ブドウ果汁だ。説明書には、濃縮物に1ガロンの水を加えてジュースに戻す方法が書かれていた。さらにご丁寧なことに、「涼しい場所に21日間放置すると発酵してワインに変わってしまうので、くれぐれもご注意ください」と、但し書きまで添えられていたのである。

これを読んで、どう思われただろうか?“ご注意”と言いながらも、暗にワインの造り方を示唆しているとしか読めないのではないだろうか。冒頭でもふれたが、禁酒法はあくまでも業者を規制するためのもので、個人が自宅で酒を造って勝手に楽しむ分には自由なのである。しかも、業者は単にブドウ果汁を売っているだけで、“酒にならないように”と、注意まで呼びかけているのだ。

結果的に、禁酒法は抜け道だらけのザル法と酷評され、組織的な密造や密輸など凶悪犯罪の温床ともなったため、1933年に廃止されることとなる。ちなみに、濃縮ブドウ果汁に使われていた品種は、主に「ジンファンデル」だそうだ。カベルネ・ソーヴィニヨンにも劣らない重厚な味わいがあり、いまではカリフォルニアワインを代表する主要品種である。下記に挙げたのは、禁酒法当時からの古木のブドウを主体に造られた一本だ。かつての“禁断の味”を、興味のある方はぜひご賞味を。

ナーリー ヘッド 1924 ダブル ブラック(Gnarly Head 1924 Double Black)
生産地:アメリカ・カリフォルニア州
生産者:デリカート・ファミリー・ヴィンヤーズ
品 種:ジンファンデル+メルロ、シラー
価格帯:1700円(税抜)~

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