<vol.37> パスタとワイン

パスタとは、マカロニ、ペンネ、スパゲッティ、ラザニアなど、イタリアの麺食品の総称である。そのうち、細長い麺状のロングパスタを「スパゲッティ」と呼ぶ。現在は、これを指して“パスタ”と呼ぶことが多いが、厳密には昔のようにスパゲッティとしたほうが正しいのである。

スパゲッティ・ミートソース(現在は先に和えてある)

かつてスパゲッティは、喫茶店メニューの定番だった。イタリア料理店やパスタ専門店など、ほとんどなかった時代である。「軽食・喫茶」と書かれた看板の店では、ナポリタンとミートソースの2種類が出されていた。麺はあらかじめ茹で、サラダ油(オリーブオイルではない)を和えて冷蔵保存したものを再加熱するのが普通だった。ナポリタンは麺と具材をケチャップで和えていたが、ミートソースは麺の上にぽっかりと載せただけのものだった。

1980年代の半ばだったと思うが、道南の松前町にある海上自衛隊のレーダー施設に、米軍関係者らしい謎の外国人が頻繁に出入りしているという記事が、朝日新聞北海道版に載ったことがある。当時は米ソ冷戦時代の真っ只中。公海である津軽海峡を通過するソ連艦船への警戒が強化されるなど緊迫感が高まっており、その動きを追ったルポだった。

ちょうどその頃、筆者の中学時代の友人DがNTT松前報話局に勤務しており、夏休みに彼を訪ねた際に“謎の外国人”について聞いてみたのだ。彼はあっさりと答えた。「あ、そのアメリカ人なら先月まで同じアパートの隣の部屋に住んでいたぜ。ときどきポーカーやったり、一緒にメシ食ったり、けっこういい奴だったなぁ」。何とも拍子抜けするような、緊迫感のない返答だった。

その“一緒に食ったメシ”というのが、本場の「スパゲティ・ミートソース」だという。アメリカ人直伝の“本場の味”をDが作ってくれることになった。見たところ、材料は普通のスパゲティ麺と缶入りのミートソースだ。決定的な違いは、茹でた麺に温めたミートソースをあらかじめ和えて出してきたことだ。

見た目は一見、ナポリタン風。味は、たしかにミートソース。考えてみたら、材料が従来のミートソースと同じなのだから当たり前だ。それにしても、スパゲティの本場はアメリカではなくイタリアではないのか?と疑問には思ったが、あえて口には出さず、Dの好意に感謝しつつ、ありがたくいただいたのであった。

パスタの起源は古代ローマ時代まで遡る、軟質小麦の粉を水でこねた「ラガーニャ」というものを食べていたらしい。語感が今日のラザニアに似ているが、同じものだったかどうかは不明だ。その後、中世までには現在のショートパスタ、ロングパスタ、ラビオリのようなものが出揃うが、これらはすべて軟質小麦による「生パスタ」であり、作ってすぐに食べる必要があった。

硬質小麦から作られた「セモリナ粉」によるパスタが登場するのは、ようやく13世紀に入ってからだ。硬質小麦によるパスタは一度完全に乾燥させ、食べるときに茹でる。このため乾燥状態で保存がきき、遠くまで輸送することが出来るのだ。15世紀には、南部のプーリア州が生産の中心地となる。ただ、イタリア国内では生パスタを食べる習慣が続いており、乾燥パスタはイギリスやフランスなどへ輸出され、外国での普及が先に始まるのだ。

イタリア国内では18世紀、「マッケローニ」と呼ばれる乾燥パスタを茹で、チーズをまぶしたものが、ナポリの露店で売られるようになったという。その後19世紀の後半、トマトソースと和えたスパゲッティが登場する。<vol.31>でも述べたが、20世紀初頭に発明された「トマトの水煮缶」の普及により、トマトソースのスパゲッティがイタリア南部の代表的な料理として定着することになるのだ。

ナポリ近郊には、蒸気機関で動く粉挽き機を備えた乾燥パスタ製造所が次々と建てられる。保存と輸送に優れた乾燥パスタは、工業製品として大量生産され、ヨーロッパ全域およびアメリカへと販路を広げ、各地ならではのさまざまな食べ方を生み出すことになる。ただし、この時点でもまだイタリア北部・中部では生パスタばかりを食べ続けており、乾燥パスタを用いた料理はなかなか広まらなかったという。全土に普及するのは、ようやく第二次世界大戦後のことになる。

乾燥パスタの普及は、戦後の復興期において、イタリア全土の企業や工場の従業員食堂、さらに学食などで提供されたことが大きい。とにかく簡単で、早く大量に作れるからだ。その意味では、日本の喫茶店メニューとしての普及も同じだ。ちなみに、ほとんど絶滅したと思っていた「軽食・喫茶」であるが、姿かたちを変えてしっかりと生き残っていることに気づいた。タリーズやカフェ・ド・クリエ、サンマルクなど、いわゆる現代風の“Café”である。メニューには、しっかり「パスタ」が載っているのである。

話をミートソースに戻す。イタリアには「ボロネーゼ」という、細かく刻んだ肉や野菜をトマトソースで煮込んだ料理が存在するが、味も見た目もミートソースとは別物だ。ミートソースは、アメリカに渡ったイタリア移民が持ち込んだボロネーゼが、アメリカンスタイルに変化したものだ。それが、戦後の日本へアメリカ駐留軍によって持ち込まれたということだ。

そう考えると、1980年代の松前町に米軍関係者によって伝えられた“本場のスパゲティ・ミートソース”なるものも、食文化の世界的伝播という大きな歴史の文脈として見ると正しい、ということになる。あの日のDの料理には、なんと壮大な物語が隠されていたことか!まあ、それはともかくとして、乾燥パスタの名産地であるプーリア州に敬意を表し、同州の土着品種「ネーロ・ディ・トロイア」で作られた赤ワインを、パスタにはおすすめすることとしたい。

ポデーレ・ヴェンティ・ノーヴェ・ジェルソ・ネロ(Podere 29 Gelso Nero)
生産地:イタリア・プーリア州
生産者:ポデーレ・ヴェンティ・ノーヴェ
品 種:ネーロ・ディ・トロイア
価格帯:1700円(税抜)~

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