「♪鰊(にしん)来たかと鴎(かもめ)に問えば~」と始まるのは、北海道のもっともよく知られた民謡「ソーラン節」だ。かつて北海道には、春の訪れとともに大量のニシンが押し寄せた。明治末から大正の最盛期には年間漁獲量が100万トン近くもあったが1950年代から減り始め、現在に至ってはわずか4千トン程度。まさに、「♪あれから鰊は何処へ行ったやら~」と「石狩挽歌」(作詞・なかにし礼)で歌われた通りである。
北海道の冬の風物詩「鰊漬け」
ニシン漁が隆盛を極めた時代から、冬を越すための保存食として作られてきたのが「鰊(ニシン)漬け」だ。春に獲れたニシンを干物の「身欠きニシン」として保存し、晩秋の頃にキャベツや大根、ニンジンなど野菜と一緒に米麹で漬け込む。各家庭で受け継がれてきた郷土料理であり、冬の風物詩ともいえる北海道のソウルフードのひとつだ。
このニシン漬けが、赤ワインのピノ・ノワールとじつに良く合う。ニシンのエキスが野菜に溶け込み、発酵により程良い酸味が生まれてピノとの相性は抜群だ。さらに野菜の旨味はニシン側にも染み込むわけで、ガチガチに硬かった身欠きの身が柔らかくほぐれてじつに美味!身欠きニシンの食べ方はいろいろあるが、筆者はこれが一番好きである。
ところで、このニシン、ひじょうに“気まぐれな魚”として知られる。北海道を代表するもう一方の魚といえば「サケ」であるが、<vol.18>で紹介した大船の縄文遺跡でも大量の骨が発掘されるなど、サケと北海道との関わりはあまりにも古い。それに比べてニシン漁の記録が登場するのは江戸時代中期~後期であり、せいぜい200~300年前のものである。
ニシンもサケも同じ回遊魚ではあるが、サケが生まれた川への回帰本能が強いのに対し、ニシンはどうも違うらしい。つまり、帰ってきたり帰らなかったり、まったく違う場所に居着いてしまったり、そうかと思うとある日突然帰ってきたり。まるで“フーテンの寅さん”のような気まぐれさで、どうも北海道沿岸に来たり来なかったりを繰り返していたらしいのだ。
これは北海道に限ったことではない。ニシンは、北大西洋の北海やバルト海など、北ヨーロッパの海にも大量に生息する。この海に面するイギリス、フランス、ドイツ、オランダ、さらに北欧諸国など、北ヨーロッパの国々の歴史は、ニシンの気まぐれさに翻弄され続けてきた歴史と言っても過言ではないくらいなのだ。
そもそも、ヨーロッパの人々が肉を多く食べるようになったのは18世紀以降のこと。それ以前は魚のほうが多く食べられており、その筆頭がニシンだったのだ。食べ方は塩漬けや酢漬けにするのが一般的で、長期保存にも適していた。ニシンは英語で【herring(ヘリン)】。洋服の生地の柄で「ヘリンボーン」というのがあるが、ニシンの骨のような細かい模様から名付けられたもので、それだけ生活の中に浸透していたということだ。
このニシンの回遊コースの変化が、さまざまな歴史的事件を引き起こす。中世において北ヨーロッパ諸国がもっとも恐れた存在、それは「ヴァイキング」だ。このヴァイキングがイングランドを襲撃した理由が、回遊コースを変えたニシンの新しい漁獲地を求めてのことだったという。また、1241年に多くの自由都市間で成立した「ハンザ同盟」は世界初の商業同盟として知られるが、ニシンの塩漬けを主要商品とした国際貿易の円滑化を図るためのものだった。
ニシンの塩漬け加工において、もっともすぐれた技術を持っていたのはオランダだ。オランダでは、獲れたニシンを船の中で加工する技術を開発する。これにより、ニシンの回遊コースが変わろうと、どこへでも追いかけて行き、船内でニシンを商品にすることが出来たのだ。このことは、その後も造船技術の進歩を促し、オランダを世界最大の海運国へと成長させることになる。
そして勃発するのが、同じく海運国として台頭してきたイギリスとの覇権争いである。1652年~1784年にかけてイギリスとオランダとの間で争われた「英蘭戦争」は、もともとはニシンの水揚げ地をめぐる紛争が原因だったという。その後、19世紀に入り鉄道の敷設が進み流通網が発達すると、長期保存よりも美味しさを優先した「レッド・ヘリング」(ニシンの燻製)が人気を集めるようになる。これなどは、日本の身欠きニシンに近いといえる。
話が大きくなり過ぎた。ニシンと世界史との関わりはあまりに深く話は尽きないが、今回は北海道の鰊漬けの話であった。身欠きニシンには、ガチガチに硬い「本身欠き」と柔らかく仕上げた「ソフト身欠き」とがある。本身欠きは鰊漬けや昆布巻きなどに、ソフト身欠きは甘露煮になどして味わうのが美味だ。
またソフト身欠きは、そのままシンプルに焼いても旨い!やはり北の魚だけに、北方のピノが良いだろうと思い、イタリア最北部トレンティーノ・アルト・アディジェ州のピノ・ネーロ(イタリアのピノ・ノワール)を下記に挙げておいた。北海道に似た冷涼な気候で育まれた味わいを、ぜひ試してみてほしい。
カンティーナ・ラヴィス・クラシック ピノ・ネーロ(Cantina Lavis Classic Pinot Nero)
生産地:イタリア・トレンティーノ・アルト・アディジェ州
生産者:カンティーナ・ラヴィス
品 種:ピノ・ネーロ
価格帯:2200円(税抜)~