<vol.33> ピザとワイン

「いままで食べた中で、一番旨いと感じたものは何か?」と聞かれたら、「ピザ」と答える。かといって、ピザが食べ物の中で一番旨いという意味ではない。どんな美味なものでも、まったく初めて口にするときは、旨いのかどうなのかピンと来ないものだ。その点、ピザはチーズにトマトソース、パン生地という組み合わせで、どれも好物で馴染みのあるものばかり。それらが渾然一体となって、ひとつの料理となっているのだ。旨いと感じるはずである。

ピザの世界的スタンダード「ピザ・マルゲリータ」

初めてピザを食べたのは、二十歳くらいの頃だったと思う。同郷の友人・K谷が海上自衛隊に入隊して横須賀基地に勤務しており、彼を訪ねて行ったときのことだ。「ピザをつまみにビールでも飲もう」と連れられて入ったのが、当時まだ日本へ進出して間もない「シェイキーズ」だった。店内では、たくさんのアメリカ人が見たこともない巨大なジョッキでビールを飲みながら、旨そうにピザを頬張っていた。

何のピザを注文したかは憶えていないが、おそらく無難なところでミックス・ピザだったと思う。世の中には、“とんでもなく旨いもの”があるものだと本当に驚いた。現在もそうだが、横須賀には米国海軍第7艦隊の基地があり、街なかでもたくさんの米兵の姿を見かける。そんな横須賀の、アメリカ人だらけの店で食べたピザは、初めて体験した本格的な“アメリカの味”だった。イタリアのナポリが発祥の地だと知ったのは、ずっと後のことである。

ピザの原型とされる“潰して焼いたパン”は、古代ローマ時代に起源を持つ。その後、ナポリにピザの屋台が誕生したのは、18世紀頃とされる。現在のピザとはかなり異なり、潰して焼いたパンの上にチーズやトマトを乗せて食べる、オープンサンドのようなものだったらしい。これが、都市の労働者の間で手早く胃を満たすファストフードとして広まった。ただし、この屋台は夏のスイカ売りが、スイカが切れる秋から冬のみに転身する季節限定のものだったという。

1889年、初の統一国家となった「イタリア王国」の王妃マルゲリータが、バカンスでナポリを訪問する。王妃は「庶民に親しまれている食べ物を味わってみたい」と所望する。その際に選ばれたのがピザだった。しかし、ピザ屋の主人はいつも作っている庶民向けのものとはまったく異なる、特別に豪華なピザを作ってしまった。赤いトマトソースと白いモッツァレラチーズを生地に乗せ、緑のバジルの葉を散らして焼き上げた、ひときわ美しい一品である。

赤、白、緑ときて、ピンと来た方も多いと思うが、これはイタリア国旗の色である。統一運動のシンボルとして掲げられ、新しく制定されたばかりの国旗をモチーフにピザを創作し、敬意を込めて王妃に捧げたのだ。このエピソードにちなみ、このピザはその後「ピザ・マルゲリータ」と呼ばれるようになり、ナポリ名物として定着する。今日へと続く“現代風ピザ”の誕生は、このときに始まるのだ。

ただし、あくまでも“ナポリ名物”であり、南部以外の土地に住むイタリア人にとって、ピザはいまだ未知の食べ物だった。19世紀末~20世紀初頭は、大量のイタリア移民がアメリカに渡った時期でもある。その中で南部からの移民が開いた料理店で出されたピザ・マルゲリータは、アメリカ人の好みにも合い人気を呼ぶ。そして1930年代、ピザはついに、ハンバーガー、ホットドックと並び“アメリカの国民食”ともいえる不動の地位を確立するのだ。

そのピザが第二次世界大戦後、アメリカ駐留軍の兵士によって、イタリア各地にもたらされる。ナポリ近郊・南部以外に住むイタリア人にとって、ピザに初めて出合うのは、まさにこの時代である。それは、筆者がかつて横須賀で体験したように、彼らにとっても初めてのピザは“アメリカの味”としてだったのだ。その後、戦後復興期を経て、ローマ、フィレンツェ、ヴェネチィアなどへ大量の外国人観光客が訪れるようになり、さまざまな種類の料理やピザが開発されていったという。

アメリカ駐留軍は、日本へもピザをもたらした。初めて本格的なピザ店が出来たのは、1954年(昭和29年)。駐留軍を除隊したニコラ・ザペッティというイタリア系アメリカ人が、東京六本木に開いた「ニコラス」である。三島由紀夫や力道山、エリザベス・テーラーなど、多くの有名人が訪れており、当時この店で皿洗いのアルバイトをしていた学生時代の椎名誠が、自身の自伝的私小説の中でその様子を詳しく述べている。

当初アメリカの味としてもたらされたピザは、ビールとともに味わうものだった。ただ、イタリア人にとってビールは喉を潤すためのもので、何かを食べながら飲むことは原則としてないという。やはり、ワインなのである。イタリア産なら何でも合いそうだが、ピザ発祥の地・ナポリの人々がもっとも好む地元グラニャーノ地方の土着品種を使った赤ワインを紹介したい。微発泡性なので、白ワインと同じくらいの温度に冷やして飲むのがおすすめだ。

フェデリチャーネ モンテレオーネ グラニャーノ(Federiciane Monteleone Gragnano)
生産地:イタリア・カンパーニャ州グラニャーノ地方
生産者:フェデリチャーネ・モンテレオーネ
品 種:ピエディロッソ、シャッシノーゾ、アリアニコ
価格帯:1500円(税抜)~

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