つい最近、フィリピンを拠点とした大規模な特殊詐欺および連続強盗事件、いわゆる“ルフィ事件”が世間を騒がせた。じつは、ワインの世界でも20年ほど前、全米を揺るがせた偽造ワインによる史上空前の詐欺事件が発生した。こちらは「ルディ事件」と呼ばれる。
犯人はルディ・クルニアワンという中国系インドネシア人だ。2002年、ルディは25歳の若さで、突如ロサンゼルスのワイン社交界に登場する。ハリウッドの映画監督や大富豪たちと人脈を築いたあと、ワインオークションにも参加するようになり、高価なワインを次々と落札。自らが所有する高級ワインも多数出品し、年間1万5千本ものワインを売りさばいたという。
高級スーツに身を包み、つねに冷静で東洋系のミステリアスな雰囲気を醸し出しながら颯爽と落札を繰り返すルディは注目の的。誰もがその姿から、彼を本物のコレクターだと信じて疑わなかったという。さらに、BYOB(Bring Your Own Bottle)=持ち寄りパーティでは、希少な超高級ワイン「ロマネ・コンティ」を持参するなど大盤振る舞いでファンを増やしてゆく。
2008年、絶頂を極めていたルディであったが、ついに転機が訪れる。ブルゴーニュの名門ドメーヌ・ポンソの「クロ・サン・ドニ」を1945~1971年のヴィンテージで出品したところ、当オーナーのローラン・ポンソから、醸造開始は1982年なのでそんな古いヴィンテージは存在しない、と告発されたのだ。
これがきっかけとなり、出品者であるルディが疑われ、2015年にFBIが逮捕に踏み切る。捜査官がルディから得た自供によると、偽造ワイン造りのレシピはこうだ。チリまたはカリフォルニアの安物ワインに古い酒精強化ワインをブレンドし、数種類のハーブを細かく刻んで混ぜ合わせる。そして、決め手として最後に添加したのが醤油だったそうだ。それらを精巧に偽装したボトルに詰めて出品していたということだ。
ルディは羽振りが良かった時代に、本物のロマネ・コンティを飲んだことがあり、その味を知っていたのだ。ほとんどの人はロマネ・コンティなど飲んだことはない。もちろん、筆者もない。飲んだことのある人にしても一生に一度か、ごく少ない回数に過ぎない。記憶の中の味として、ルディのブレンドがきわめて近かったことが被害を大きく広げることになったのだ。
筆者の興味は、それよりも味の決め手に“醤油”を用いたという点に強く惹かれた。なぜなら、赤ワイン、とくにピノ・ノワールと醤油味の料理は相性抜群なのである。醤油味料理の代表といえば、何といっても和食である。つまり、ピノ・ノワールはほとんどの和食と良く合うのである。
和食は2013年(平成25年)にユネスコの無形文化遺産に登録されたが、その理由の1つとして「うま味」の活用が挙げられている。うま味は昆布から発見されたもので、昆布や鰹節を使った出汁は、和食の基本中の基本。そして、北方系の品種であるピノ・ノワールは南方系のものより果皮が薄いため果皮由来の味が抑えられ、果汁由来の味、つまり出汁的な味がやや引き立つ感じとなる。
例えるならば、味噌汁における味噌と出汁、めんつゆにおける醤油と出汁の関係で、出汁がよく効いているような味わいだ。つまり、和食の味覚構造に似た構造をワイン自らが持っているということなのだ。とくに初夏のこの時期、カツオとの相性は抜群で、“たたき”でも薬味たっぷりの“カルパッチョ”でも、どちらもイケる。
カツオのカルパッチョ薬味たっぷりのっけ盛り
話をルディに戻す。現在も彼が手がけた600億円相当の偽造ワインが世界中に出回っており、その内かなりの数が日本国内にあるらしいのだ。以前、雑誌『ワイン王国』のコラムにNHK大相撲解説者で元小結の舞の海さんが、所属部屋の後援者からのもらい物のロマネ・コンティを飲んだことがある、と書いていた。この“もらい物の”というのが、どうも怪しい。何やら、ルディの臭いがプンプンするではないか。
念のため、図書館でバックナンバーを確認してみたところ、それは2019年11月号だった。原文によると飲んだ時期は「現役時代に・・・」とあった。舞の海さんの現役引退は1999年(平成11年)九州場所、ということはルディ物が出回る前。さすがは、舞の海さん!得意技は「猫だまし」であったけれど、本人が偽造ワインのような“だまし技”を喰らうことはなかったということだ。ひとまずは、セーフ。ただし、大量の偽造ワインはいまだ未発見のままである。
ヴァイン・イン・フレーム ピノ・ノワール(Vine in Flames Pinot Noir)
生産地:ルーマニア・ムンテニア地方
生産者:ヴィル・ブドゥレアスカ
品 種:ピノ・ノワール
価格帯:1400円(税抜)~
※ヴァイン・イン・フレームは、輸入元のモトックスが和食にもっとも合う赤ワインとして一推しに挙げている。