<vol.11> 近代資本主義とワイン

近代資本主義は、いつどこでどのようにして始まり、今日の私たちの社会に至るまで脈々と受け継がれて来ているのか?このきわめて難しい問題に挑み、画期的な論考を打ち立てた人物がいる。19世紀後期から20世紀初頭にかけて活躍したドイツの社会学者、マックス・ウェーバーだ。

いきなりいつものワインブログらしからぬ書き出しではあるが、じつは<vol.7>の回を書くに当たってブルゴーニュの歴史を少々調べた際、新たに気づいたことがあったのだ。ブルゴーニュの基礎を築いたのは、11世紀のカトリック教会シトー派の修道士たちであることは、その中で述べたとおりである。

ウェーバーの名を不動のものとした記念碑的な著作『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』によれば、西欧社会に“近代”をもたらし資本主義へと発展させた根本原理とは「合理性」であり、その起源は中世カトリック修道院での神への奉仕を目的とした「祈り、そして働く」という規律正しい禁欲的労働にあるという。

16世紀に起こったルターの宗教改革以降、一般の人々が直接聖書を通して信仰を深めるプロテスタントの時代が始まる。その際に推奨されたのが、自らの職業を“天職”とみなし「祈り、そして働く」ことで神への信仰の証とする、修道士に倣った禁欲的労働と規律正しい生活態度である。それが、結果的に富の蓄積を生み、資本主義の根幹である合理的精神を育んだというものだ。

つまり、もとを正せば、そのルーツはカトリック修道院での禁欲的労働にあったのだ。今回、ブルゴーニュの歴史を調べるまで、この労働が具体的にどのような仕事なのか、そこまで深く考えたことがなかった。それが、ありありと目に浮かぶようにわかった。

彼らの行っていた労働とは “ワイン造り”だったのだ。畑の整地から始まり、ブドウ栽培、剪定、収穫、醸造、貯蔵へと至る一連の流れは合理的でムダのない労働慣習をもたらし、さらに神に捧げるためのより良いワイン造りへの創意工夫をも生むことになる。

じつは筆者は2020年(令和2年)の10月、余市町にある「ドメーヌ・タカヒコ」の収穫ボランティアに3日間参加した。この収穫ボランティアは、10月上旬~中旬にかけて10日間ほどの日程で毎年行われており、申し込み受付開始日には午前9時の受付開始と同時に応募が殺到し、昼前には1日30名の参加枠の全日程分が満杯になるという、超人気イベントなのだ。

ドメーヌ・タカヒコのブドウ園

しかも、交通費、宿泊費、食費等はすべて参加者負担。一般的なワイナリーでは収穫の際にパートやアルバイトを雇うか、無償ボランティアの場合でもワインボトル現物などをプレゼントするとか、何らかの謝礼を用意するのが普通だが、こちらは一切なし。作業終了後に、樽熟成中の新酒をほんのわずか(20ccほど)試飲させてもらえるという、ほとんど恩恵的な特典のみ。それでも、参加者は日本全国、遠く沖縄からも訪れるのだ。

ブドウ畑は斜面になっており、ここでブドウの収穫と運搬が行われる訳だが、コンテナ一杯に溜ったブドウを何度も運ぶというのは、かなりの重労働である。台車はあるにはあるが、数が限られており、女性や高齢者優先なので筆者にまではまわってこない。初体験で要領もよく分からないままやってはみたが、最初の1日目は腰が立たなくなるくらい疲労困憊した。

2日目。このままでは体が持たない、と危機感を募らせながら参加。そこで、あることに気づいたのだ。つまり、コンテナ一杯になるまで詰め込んで運ぶから重いのであって、半分溜ったら運び、また半分溜ったら運び、を繰り返せば良いのではないか?自分なりの“創意工夫”である。結果的に同じ収穫量が達成できるのであれば、作業進行上はとくに問題はないようであった。

中世の修道士というのは、当時の最高水準の知識階級にあたる。多くの人々が読み書きが出来なかった時代、彼らは文字により栽培から醸造に至る一連の作業を記録し、分析し、神に捧げるにふさわしいより良いワイン造りを目指し、品質向上と作業改善に日々取り組んでいたのだ。

筆者が以前勤めていた会社の後輩のI内君はいま、社会人大学院でMBA(Master of Business Administration =経営学修士)を目指し、生産管理論や経営分析論などを猛勉強中で禁欲的な日々を過ごしていると聞く。中世の修道士もまた、そのような存在だったようだ。

話が少し逸れてしまったが、ドメーヌ・タカヒコでの収穫ボランティアを通して、“無償の奉仕労働”と収穫作業での“創意工夫”という、中世の修道士に通じる禁欲的労働の一端を体験することが出来た。そして、今日の近代資本主義につながる芽が、ワイン造りという労働の中から育まれたことを実感したのであった。

右  :ジュヴレ・シャンベルタン ドメーヌGロブロ・マルシャン シャジエール
(Gevrey-Chambertin Domaine G. Roblot Marchand Chaziere)
生産地:フランス・ブルゴーニュ地方
生産者:ドメーヌ Gロブロ・マルシャン
品 種:ピノ・ノワール
価格帯:8100円(税抜)~

左  :ジュヴレ・シャンベルタン ティエリー・モルテ
(Gevrey-Chambertin Thierry Mortet)
生産地:フランス・ブルゴーニュ地方
生産者:ドメーヌ・ティエリー・モルテ
品 種:ピノ・ノワール
価格帯:6600円(税抜)~

※ジュヴレ・シャンベルタン村は13世紀ベース修道院のブドウ畑に起源を持つ。ブルゴーニュ最多の9つのグラン・クリュ(特級畑)を有し、「ブルゴーニュの王」と呼ばれている。

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